第十五話 イルカのシャープペン
毎日十二時間の座学と八時間の戦闘訓練。睡眠時間は三時間。
手の皮は何度も裂け、ペンを握る指先には固い跡が残った。
それでも歩みを止めなかった。
第七地球で死んでいったみんなの分まで――
その重さに何度も押し潰されそうになりながら、ここまで来た。
宇宙共通語だって、ここまで話せるようになった。
あとは――いつも通りの力を出すだけ。
ミナはそう心でつぶやき、試験会場へ足を進めた。
――――――
会場には、たくさんの受験者が集まっていた。
ほとんどが高校や大学を卒業する年頃。ちらほらと壮年の姿もある。子どもの姿はめったになく、ミナはひときわ目立っているように感じられた。
ミナは、自分の席に腰を下ろし、手の中のシャープペンシルをそっと見つめる。
イルカのキーホルダーが揺れ、光を反射した。
八月の誕生日に、友達から贈られたものだ。
「中学生になったら、お揃いで使おうね」――そう約束していた。
(……一緒に中学生にはなれなかったけど、使わせてね)
筆記試験は選択式。
一般教養、時事問題、宇宙史、宇宙地理、化学、物理――幅広い分野から出題される。
ミナはそのシャープペンシルを、お守りのように握りしめ、試験を解いた。
科目が終わるたび、あちこちで答え合わせをする声が弾む。
「この五番、dだよね?」
笑い交じりのやり取りが耳に入るたび、ミナは視線を落とし、手元の問題用紙をもう一度見つめる。
ミナは答え合わせをする相手がいない。
握りしめたペンの先で、小さなイルカだけが揺れていた。
四時間にわたり、筆記試験は進められた。
時計の針が正午を指す頃、ようやく終了の合図が鳴る。
――――――
十三時からは、面接だ。
昼休み、ミナは控室の隅のベンチで、お弁当を広げた。
ナツキが早起きして作ってくれたものだ。
フタを開けると、白いご飯の上に、黒い海苔で形作られた文字が浮かんでいた。
――「がんばれ」
宇宙共通語でそう書かれている。
思わず、ふふっと声が漏れた。
――応援してくれるナツキさんのためにも。
お箸を置きながら、ミナは胸の中でそっとつぶやいた。
けれど、時計の針が十三時に近づくにつれて、心臓の音がだんだん大きくなっていく。
「ドクン、ドクン」
スーツの下で、自分でもわかるほどに高鳴っていた。
面接は、受験番号順に行われる。
終わった者から順に、帰宅してよいことになっていた。
一人、また一人と名が呼ばれ、空いていく席。
前の人の席がぽつんと空くたびに、ミナの胸は強く打ち鳴る。
――そして、とうとう。
「受験番号548番、梯さん。どうぞ」
低く、はっきりとした声で、名前を呼ばれた。
「はいっ」
ミナは立ち上がり、スーツの襟を正した。
足がすこし震えるけれど、できるだけ平静を装って、面接室の前まで歩いていく。
扉の前に立ち、深く息を吸い込む。
――大丈夫。きっとうまくいく。
自分にそう言い聞かせて、ミナは拳を軽く握る。
そして、扉を三回、静かにノックした。