第十四話 震える背中
宇宙共通時刻4075年11月。
第七地球〈ヴィルゴアース〉は、第二地球〈オヒュークスアース〉の投下したR2A爆弾によって滅びた。
その廃墟は今や、第二地球と手を組んだ宇宙鬼族の拠点となっている。
宇宙連盟は一連の第二地球の行動を強く非難した。
戦火には至らずとも、両者の関係は深い溝で隔てられたまま、緊張が続いている。
――そして、約二年の時が過ぎた。4078年1月。
晴れた早朝。児童養護施設の個室に、朝日が差し込む。
棚には、第七地球へ魄玉を取りに戻ったときに、こっそり持ち帰った思い出の品が並んでいる。
笑顔のまま時が止まった家族写真。その前に置かれた、小さな母のマグカップ。
柔らかな光が、それらを静かに照らしていた。
ミナは、あどけない顔に似合わない黒のスーツに身を包んでいた。
ナツキから譲り受け、仕立て屋に出して直してもらったもの。
焦げ茶の髪が肩にかかり、わずかに揺れる。癖のある毛先を手ぐしで整えながら、耳にかける。
普段は赤いリボンで結んでいる髪も、今日は外していた。
黒いスーツに合わせたその姿は、幼さを覆い隠すように無理に大人びて見えた。
肩も袖も、まだ少し大きいけれど――そのぶん、背筋をぐっと伸ばす。
鏡の前に立ち、静かに息を整える。
「緊張してる?」
背後から優しくかけられた声に、ミナは鏡越しに振り返った。
ナツキが、いつもの明るい笑顔で立っている。
「うん……ちょっとだけ」
もう、二人は翻訳マイクを身につけていない。
機械に頼らなくても、ナツキの声はちゃんと届いてくる。
今日は一次試験の日。
筆記試験と、面接試験が待っている。
ナツキは、筆記試験の勉強も面接練習も、何度もミナに付き合ってくれた。
寮に泊めてくれた夜もあったし、昨日も遅くまで最終確認に付き合ってくれた。
「エレベーターまで送るわ」
そう言って、二人はミナの個室を後にする。
児童養護施設から少し歩いた先――田んぼ道の向こうにあるエレベーターの前で、ミナとナツキは向き合った。
ナツキはにっこり笑い、ミナの肩をポンポンと軽く叩く。
「大丈夫。ミナはここまで、本当によく頑張ってきたんだから。
――自分を信じて」
その言葉に、胸の奥がほんの少しあたたかくなる。
緊張も不安も消えはしないけれど、それでも――前を向ける気がした。
「行ってきます!」
ミナは明るく言って、ナツキに手を振る。
「いってらっしゃい」
わずかに震える背中。
でも、その震えの中に、ちゃんと前へ進もうとする強さがあった。
ナツキは、扉の向こうへと歩いていくミナの背中を見つめる。
二年前――病室のベッドの上で、肩を震わせながら泣いていたあの子の姿が、脳裏に浮かぶ。
――もう、あの時のミナはいない。
よく頑張ったね。ここまで。
その言葉を、心の中で静かに送った。