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6.

 トゥルギアの家が王家に仕えたのはほんの数十年前の話だ。元々外敵が多く争いの絶えない国の中、彼らはその武功で以て力を示した。攻め来る他国の兵を蹴散らし、反乱を起こした民衆を鎮め、市井を騒がす賊の類の首を刎ねる。血で自らの鎧を染めた軍には自らの領地に住む人々さえ恐れをなしたものである。

 そんな彼らが貴族としての地位を手に出来たのは彼らが決して国への忠誠を忘れなかったからだ。

 その力は国を豊かにする為に、その為ならば自らの命すら惜しまぬ献身を見せる。彼らに浴びせられる視線は徐々に恐れから称賛へと変わって行ったのだ。


「話だけ聞くとありきたりな小説に出て来る元々は野蛮だったけど主君を見つけて忠誠を誓う騎士って感じよねえ」


 エイリカが説明したトゥルギアの成り立ちを聞いたテティデューは思わずそんな感想を漏らした。実際、どの歴史書を紐解いてもトゥルギアの歴史は血と戦争に塗れており、最後には取って付けたように彼らの献身への感謝が綴られている。


「昔は争いが多かったし別に彼らがそれで貴族の位を貰った事には文句は無いわ。それにトゥルギアの騎士団は国中を奔走して賊の類を退治して回ってるって話も聞くし、感謝しているぐらいよ。ただまあ、もう少し他に何か無いのかしら?」

「テティデュー、あなた騎士小説好きでしょう?」

「好きだけれど……。あくまで創作は創作として楽しむものだし、ああいうのって身分違いの恋とかが良いのであって……。正直、戦いの事しか考えていないような方と何を話せばいいのか想像もつかないわ」


 テティデューは幼い頃より様々な芸術家と話をして来た。また社交界に出れば様々な貴族たちとも話をして来た。しかし根っからの軍人と言うのは彼女の接して来た人々の中にはいない。


「ほら、あの、ベスタ様っていたでしょう。騎士の真似事してた」

「ああ、北方の領地の」

「私が会ったことのある騎士ってあの方ぐらいよ?」

「……あの方は騎士に憧れて剣を振り回していた子供でしたけどね」


 エイリカはその北方の貴族が今はもう騎士への憧れを捨てて将来自らの領地を運営する為に勉学に励んでいるとの噂を聞き及んでいた。


「アバストロフにも騎士団はあるのよ?」

「いや、うちの騎士団は……。わかるでしょう?」


 エイリカは思わず黙り込む。

 アバストロフの家の者は基本的にテティデューに甘い。彼女が領主の一人娘であるというのも存分に関係しているのだろうが、彼女自身もまた愛嬌があり周囲の人々を楽しませる才に満ちている。普段は厳しい訓練にこなす騎士たちも彼女が訓練場を訪ねればたちまち彼女を囲んで談笑を始めてしまう。中には持ち込み禁止の秘蔵の菓子を彼女に差し出して後で上司に怒られる者もいる程だ。


「正直、いつも心配なのよねぇ。うちの騎士団はあれで大丈夫なのかしらって」


 知らぬというのは恐ろしいものだ。アバストロフの騎士団は数こそ少ないが精鋭揃いと有名なのに彼女にとってはよくしてくれる近所のお兄さん程度の扱いなのである。

 とはいえ、責任の一端は騎士団側にもあることでありエイリカは口を噤むのみだ。


「まあ、何はともあれもうじき着きますから。実際に会ってから考えたらどう?」

「ん、む。まあ、そうね。リンド様も実際に会うとイメージとは随分違う方だったと思ったものよ。あの方、意外に話しやすくてロンドーリアの視察はとても楽しかったわ」

「噂なんて当てにならないってことね。ガーレン様もきっとイメージと違うことでしょう」

「そうねえ、ちなみに噂はどんなだったかしら」

「でかい、ごつい、全身鎧を着ているかと思ったら半裸の男だった、山賊を剣に三人串刺しにして振り回してた、山男の正体、山男より山男、山男も裸足で逃げ出す」

「……私、取って食われたりしないわよね?」


 エイリカは黙って外を見る。噂と言うのは当てにならないとはいえその噂が全て同じ方向を向いているのであればもはやそれは真実と同義では無かろうか。二人は向かう先で待っているであろう巨漢を思い思いに想像し溜息をついた。

 馬車は走る、それぞれの想いとは関係なくただ愚直に走って行く。



 ガーレン・トゥルギア。領主の息子にしてトゥルギアが誇る騎士団の団長を務める彼は今、騎士団の食堂でその熊のような巨体を縮めて思い悩んでいる。


「団長、どうしたんですか? 悩みでもあるんですか?」

「ほんとだ、何ですかそのらしくない格好」


 通りすがりの騎士団の者はその姿を見て思い思いに声を掛けるのだが、かの精強で勇猛な団長の姿はここには無い。山賊の罠にはまり数倍の数の賊に囲まれた時も、険しい山中に潜み幾度となく奇襲を仕掛けて来る精鋭の敵兵を前にした時も、暗殺者に命を狙われ寝所へ侵入された時も、遠征先で数頭の熊に追われた時でさえ彼はこのように弱弱しい姿は見せていなかった。

 故に団員たちはすぐに察する。


「ああ、例のアバストロフ家の御令嬢が来るんでしたっけ」

「団長モテないから今から不安なんだ」

「うるさいぞ!」


 ガーレンの一喝に団員たちが逃げるように去って行く。

 残された彼は一人その巨体に似合わぬ溜息をついた。


「婚約者候補選び、などと言ってはいるが、まあ、建前なのだろう」


 既にアバストロフ家の令嬢が視察の名目で自らの婚約者を見定めに来ることはトゥルギアの領で噂になっている。その渦中にいる彼はアバストロフ家との婚姻がトゥルギア家の隆盛に大きく関わることを領主である父から何度も何度も耳にタコが出来る程に聞かされていた。

 曰く。


「トゥルギア、アバストロフ、ロンドーリアの三領の結び付きを強めることはこの国をより良くしていくのに必要なことだ。此度の婚姻がその為であることぐらいは聞いているだろう。話し合いの席では直接婚姻を結ばなかった領とも共に歩む意志はあるなどと言っていたが……。信用できるかそんなもの!」


 領主はガーレンに必ずアバストロフの令嬢の心を掴めと厳命した。如何なる手段を用いても構わん、と語気を猛々しく荒げて叫んだのだ。

 故に彼は今、頭が痛くなる思いをしている。


「親父だって俺には無理だとわかってるだろうに」


 ガーレンの姿を見た者は思うだろう。まるで彼の肉体は戦う為に生まれて来たかのようだ、と。圧倒的な巨躯は対峙する者に恐れを与え、彼が腕を振るえばその風圧に顔が歪む。そんなことあるはずも無いのにかの完成された肉体にはよく磨かれた剣さえは刃が通らないのではないかと頭に過る。

 しかし戦う者の肉体は決して誰かに愛される為には存在しない。彼はその見た目故に誰よりも頼りになる存在であるが、その見た目故に誰よりも恐れられている。

 彼の聞いた噂ではアバストロフの令嬢は見眼麗しく、黙ってその場に佇んでいれば、誰もがその美しさに溜息をつく可憐な一輪の華のようであると。であれば彼自身はその華を手折る、いや踏み潰してしまう巨大な生物だ。

 父の期待には応えられず、令嬢にはそっぽを向かれ、残された彼はただ心を痛め涙を流す。そんな想像が彼の中にありありと浮かんでいた。


 バンッ!


 そんな彼の背中が思い切り叩かれる。


「なっ!?」

「らしくないですよ団長!」


 叩いたのは彼を慕う部下の一人。そしてその部下の後ろにも彼を見つめる幾人もの騎士たちが。


「いつも言ってるじゃないですか、やるしかないならやるだけだって! こんなところで悩んでも仕方ないでしょ」

「む、そうだが……」

「それに私たちもいます! 不安があるなら、悩みがあるなら私たちに相談してくださいよ! 団長の為ならいくらでも力になりますから!」


 ガーレンはそこに居並ぶ部下の表情を見る。熱い視線を向ける者、笑みを浮かべている者、無感情に宙を見つめる者、他にも様々な表情を浮かべている。しかし彼らは皆、ここにいる。ガーレンの力になる為にここにいるのだ。


「皆、ありがとう!」


 ガーレン・トゥルギアは目尻に熱いものが込み上げるのを感じていた。もはや彼に不安は無い。皆の熱い思いを受け取り死力を尽くして困難を迎え撃つのみだ。



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