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第61話 希望の彼方へ

時間: 2038年(改変後)

場所: ドーセットの森


新しい時間線では、世界は全く違う姿を見せていた。


ナノマシンは正しく制御され、環境浄化技術として世界中で活用されている。森は豊かに茂り、川は澄み渡り、空は青く澄んでいた。


古いミニバンが、懐かしい小川のほとりに停まった。


降りてきたのは、年を重ねたティムとメアリー。そして、立派に成長した子供たち。


アールは環境科学者として、母校で教鞭を執っている。ヴァージニアは画家として成功し、その作品は希望と自然の美しさを世界に伝えていた。ジュディは環境活動家として、次世代に美しい地球を残すために奔走している。


「毎年ここに来るのが楽しみね」


メアリーが微笑んだ。


これは、新しい時間線で始まった伝統だった。大崩壊を防いだ記念日に、関係者全員がこの場所に集まるのだ。


遠くから数台の車が近づいてくる。


最初の車から降りてきたのは、穏やかな笑みを浮かべた初老の女性。そして、金髪の美しい女性。


「エリザさん、サラさん」


メアリーが手を振る。


この時間線のエリザは、家族を失うことなく、ナノマシン技術の安全な発展に貢献してきた。傍らには夫のアランもいる。白髪が混じったが、優しい笑顔は変わらない。


続く車から、凛とした姿の女性が現れた。白髪が混じっているが、かつての鋭さは健在だ。


「レイナ!」


アールが駆け寄る。


この時間線では、レイナはエリザの盟友として、共に世界を変えてきた。隣には彼女の家族——夫と二人の子供たちの姿もある。


「みんな、久しぶり」


レイナの声は温かかった。もはや孤独な戦士ではなく、愛する人々に囲まれた一人の女性として。


全員が小川のほとりに集まった。


あの日と同じように、水は澄み、チューリップが岸辺に咲いている。しかし、もう恐怖の赤い粒子はどこにもない。


「今年も始めましょうか」


エリザが提案した。


全員が手をつないで輪になる。そして、静かに目を閉じた。


これは彼らの儀式だった。別の時間線で犠牲になった人々——戦い、苦しみ、それでも希望を捨てなかった魂たちに祈りを捧げるための。


ここで、沈黙の祈りが始まる。


言葉はない。しかし、全員の心が一つになっていく。過去の痛み、現在の感謝、未来への希望。すべてが、この静寂の中で溶け合っていく。


目を開けると、誰もが穏やかな表情をしていた。


「私たちは忘れません」


エリザが静かに語り始める。


「別の時間線の私たちが、どれほど苦しんだか。どれほど間違えたか。そして、どれほど勇敢だったかを」


レイナが続ける。


「だからこそ、この平和を守り続けます。二度と同じ過ちを繰り返さないために」


ティムも言葉を添える。


「あの時の記憶は、俺たちの中に生き続けている。それが俺たちの強さだ」


メアリーが子供たちを見回す。


「そして、次の世代に伝えていく。希望を捨てないことの大切さを」


輪が解かれ、皆が小川の水に手を浸した。


その瞬間、不思議なことが起きた。


水面がキラリと光り、チューリップの形をした光の波紋が広がった。それは一瞬のことだったが、全員がはっきりと見た。


「見た?」


サラが驚きの声を上げる。


「ええ、見たわ」


エリザが娘を優しく抱き寄せる。


「きっと、向こうの私たちからのメッセージね」


ヴァージニアとサラが、スケッチブックを取り出した。


「一緒に描こう」


「うん!」


二人は並んで座り、今見た光の波紋を描き始める。


40歳を超えてもなお、サラの絵には子供のような純粋さが宿っていた。そして、ヴァージニアの絵には、時を超えた経験が深みを与えていた。


日が傾き始めた頃、エリザが全員に呼びかけた。


「そろそろ、あれをやりましょうか」


皆が頷き、準備を始める。


これも恒例行事。小さな灯籠に火を灯し、川に流すのだ。


それぞれの灯籠には、メッセージが書かれている。


『ありがとう、別の時間線の私たち』


『あなたたちの勇気を忘れません』


『希望は永遠に』


『何があっても一緒よ』


灯籠が一つ、また一つと川を流れていく。


オレンジ色の光が水面に反射し、まるで小さな太陽が流れているかのよう。


「きれい...」


誰かが呟いた。


「これが、私たちの選んだ未来」


エリザが静かに言った。


「すべての犠牲は、無駄ではなかった」


灯籠が視界から消えていく頃、ティムが言った。


「さあ、そろそろ帰るか」


「また来年ね」


レイナが手を振る。


「必ず」


アールが力強く答える。


車に乗り込む前、ヴァージニアは振り返った。


小川は静かに流れ、チューリップは風に揺れている。すべてが平和で、美しい。


彼女はスケッチブックを開き、最後のページを見つめた。


そこには、13年前に描いた絵がまだ残っていた。タイトルは『希望の彼方へ』。


そして、今日新たに描き加えた絵。同じ場所、同じ人々。しかし、そこにあるのは恐怖ではなく、幸せな笑顔。


彼女は静かに、新しいタイトルを書き加えた。


『希望の彼方へ — 完』


そして、鉛筆で小さく付け加える。


『すべての時間線の、すべての魂に捧ぐ』


夕陽が森を黄金色に染める中、車は一台また一台と去っていく。


しかし、彼らの絆は永遠に続く。時間も空間も超えて、希望の光として輝き続けるのだ。


小川のせせらぎが、永遠の子守唄のように、静かに響いていた。


「私たちは何を閉じ込めているんだ?」


その問いへの答えは、もう明らかだった。


何も閉じ込めてはいない。


すべては解放され、すべては繋がり、すべては永遠に流れ続ける。


小川のように。


希望のように。


愛のように。


(完)

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