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第6話 温もりと迫る唸り

時間: 2025年6月20日、午後8時15分

場所: ドーセットの森の中、バンガロー


バンガローの室内は暖炉の火に照らされ、夜の穏やかな時間が流れていた。暖炉の中で薪が燃え、オレンジ色の炎が壁に柔らかな影を投げかけていた。乾いた木材が弾ける音と、灰が舞い落ちる微かな音だけが夜の静寂を満たしていた。炎の影が、壁で踊る人影のように揺れる。


窓の外では、夜空にさそり座が低く輝き、その赤い主星アンタレスが森の奥に広がる闇に小さな希望を灯していた。でも、その赤い光が、別の赤い光と呼応しているように見える。森の深部から低い唸りが断続的に響き、窓ガラスが微かに震えた。風が強まり、松の枝が擦れ合う不規則な音が耳に届いた。枝の音が、骨が擦れ合うような不吉な響きを持つ。


メアリーは暖炉のそばに座り、子供たちを毛布で包んでいた。


「暖かくしてね」


優しく声をかけ、各々に毛布を細かく調整する。窓の外に目をやり、唸りに耳を澄ませた。唸りが、呼吸のリズムを持っている。


「風じゃないよね、この音」


眼鏡に火が反射した。


指先が無意識にネックレスを探った。金属が、体温で少し温まっている。


ティムは暖炉のそばに立ち、明るく声を上げた。


「マシュマロ焼くぞ」


破れかけたオリーブ色のジャケットの袖をまくり上げ、焚き火用の薪を手に持った。肩の痛みが鋭く走ったが、痛みを隠した。古傷が、何かを警告するように疼く。


「この音…何だ?」


低い声で、瞳の奥に緊張が宿っていた。暖炉の火を見つめ、薪をくべると火花が高く舞い上がった。火花が、赤い蝶のように宙を舞う。


「せっかくの夜なんだ、楽しもうぜ」


視線は窓の外の赤い影に引き寄せられていた。影が、少しずつ近づいている。


アールは暖炉の前に膝をついて、マシュマロを串に刺していた。


「熱で糖が溶けるんだよね」


膝に置いたタブレットPCの画面は小川のデータを表示していた。数値とグラフを交互に見ながら、小さく呟いた。


「小川のデータ、異常値出てたよ」


タブレットには、水質の異常を示す赤いグラフが表示されていた。グラフの線が、心電図のように脈打っている。


「赤い影の振動、パターンがあるみたい」


声には興奮が混じっていたが、突然響いた唸り声に表情が曇った。唸りが、言葉になりかけている。


「またあの音…近いよ」


窓に近づき、霧の向こうを見ようとしたが、闇と赤い光だけが視界に広がっていた。ガラスに手を当てると、外の振動が伝わってくる。


「外、見てきていい?」


ティムに尋ねたが、メアリーの声が即座に彼を止めた。


「だめよ」


声が、いつもより鋭い。


アールは従い、マシュマロを暖炉に近づけた。甘い香りが立ち込めた。焦げた砂糖の匂いが、どこか血の匂いに似ている。


「ジェイクなら、この音をゲームの効果音に使えって言うかな」


友人のことを思い出すが、その記憶さえ遠く感じる。


ヴァージニアはスケッチブックを膝に置き、炎の光に映える様子をじっと見ていた。


「マシュマロの絵、描きたい」


白いセーターは火の光で温かみを帯び、金色の髪が肩に落ちていた。髪が、炎の色を映して赤く見える。


窓の外の動きが彼女の目を引いた。


「木が動いてるみたい…」


声は震え、窓の外の暗闇を見つめた。スケッチブックを胸に抱きしめた。木々が、確かに身をよじるように動いている。


新しいページを開き、今見ている光の動きを描き始めた。線が交差し、渦を巻き、赤い光の動きが紙の上に形になっていく。中心部に、なぜか花のような形が浮かび上がってきた。チューリップが、闇の中で燃えている。


「描いておかなきゃ」


小さく呟いた。記録者としての使命感が、恐怖を上回る。


ジュディは暖炉のそばで元気に笑っていた。


「マシュマロ大好き!」


金髪のツインテールが火の光に揺れ、小さな手で串を握った。


「ウーちゃんも食べる?」


ぬいぐるみに話しかけ、その耳を優しく握った。ウーちゃんの黒い目が、炎の光を不気味に反射する。窓の外からの唸り声が激しくなり、表情が一変した。



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