第56話 七色の橋
セクター7の各所で、奇跡が起き始めていた。
鉄壁の内側で、息を潜めていた住民たちが外を見上げる。
リサが恐る恐る外に出てきた。
「終わったのね…」
声には信じられないという響きと、かすかな希望が混じっていた。
カイが母親の後ろから駆け寄ってきた。
「アールたちは?」
空を見上げ、そこに友人の姿を探す。
「彼らはきっと、未来を変えてくれるわ」
リサは息子の頭を優しく撫でた。
カイは落ちていたタブレットの欠片を拾い上げた。それは、アールが大切にしていたものの一部だった。
「僕も頑張るよ、アールみたいに!」
少年の決意に、母親は誇らしげに微笑んだ。
空から、小さな音が聞こえ始めた。それは、13年ぶりに聞く音——鳥のさえずりだった。
どこに隠れていたのか、小鳥が一羽、恐る恐る姿を現す。そして、安全を確認すると、高らかに歌い始めた。
住民たちが次々と外に出てきて、信じられない光景を目の当たりにする。
「空が青い」
誰かが呟いた。
確かに、厚い雲の切れ間から、久しぶりの青空が顔を覗かせていた。そして——
虹が空にかかった。
13年間、誰も見ることのなかった七色の橋が、希望の象徴として輝いている。
制御室では、エリザの体が次第に透明になっていった。
光の粒子となって消えていく中で、彼女は最後に微笑んだ。
「母さん、サラ、アラン、レイナ、ありがとう」
そして、完全に光の中に消えた。
後には、静寂だけが残された。
いや、違う。
ハーヴェイが静かに歩み寄り、床に落ちていたものを拾い上げた。
二冊のスケッチブック。
サラの「お絵描き日記」と、ヴァージニアが残していった「希望の光」。
「二人の少女の魂が、時を超えて出会った証」
老人は優しく呟いた。
そして、不思議なことが起きていた。
コンクリートの隙間から、小さなチューリップが一輪、芽を出していた。まるで、エリザの魂が最後に残した贈り物のように。
「Dahlia、Tulip、River」
ハーヴェイがレイナのメモを思い出す。
「すべては繋がっていた」
時空転移の光の中で、ティム一家は不思議な感覚に包まれていた。
過去と未来、すべての時間が一点に収束し、そして再び広がっていく。その中で、彼らは多くの人々の思いを感じ取っていた。
レイナの決意。エリザの後悔と愛。サラとアランの優しさ。そして、これから出会うであろう人々の希望。
すべてが、新しい未来への道標となって輝いていた。