第55話 旅立ちの光
時間: セクター7制御室、2038年7月26日、午後7時
ティムが震える手でデバイスのスイッチを入れた。
小さな装置から白い光が溢れ出し、次第に一行を包み込んでいく。それは温かく、優しい光だった——まるで、失われた魂たちの祝福のように。光が、優しく語りかけているようだった——行きなさい、と。
光の向こうに、エリザの最後の姿が見えた。コンソールに向かう彼女の背中は、もはや憎悪に歪んではいない。そこには、科学者としての誇りと、母としての愛があった。
その時、副制御室の隠し扉が音もなく開いた。灰色のローブをまとったハーヴェイが、杖をついて現れる。
「エリザ、君はレイナの希望を果たした」
老人の声は、深い感慨を含んでいた。
「君の最初のナノマシン——母の小川を浄化する夢が、オメガパルスによって世界を救う」
エリザは振り返った。涙の跡が残る顔には、安らぎの表情が浮かんでいた。
「ハーヴェイ…私、間違えた。でも、サラとアランに会えるなら」
ハーヴェイが優しく微笑んだ。長年の友人への、最後の餞の言葉。
「二人の少女の絆が、未来を紡ぐ」
ティム一家を包む光が更に強まる。時空の壁を超える瞬間が近づいていた。
「マクレーン、レイナが選んだ未来を、君たちが守れ」
ハーヴェイの言葉が、時を超える者たちへの祝福となった。
エリザはアランのIDバッジとサラの小さな靴を、大切に胸に抱いた。
「母さん、サラ、アラン、やっと会えるね」
震える指で、オメガパルスの最終起動ボタンを押した。
「オメガパルス:起動」
瞬間、制御室から青白い光が放射状に広がった。それは破壊の光ではなく、浄化の光だった。光は、ガラスのように砕けて降ってきた——いや、今度は花びらのように優しく舞い降りてきた。
外では、黒い粒子が次々と分解され始めていた。ナノマシンの群れが光に触れるたび、まるで雪が春の陽射しに溶けるように消えていく。怪物たちの咆哮が、次第に静寂へと変わっていった。
制御室は眩い光で満たされ、エリザの姿がその中に溶け込んでいく。
しかし、彼女の表情は穏やかだった。ついに、長い苦しみから解放される時が来たのだ。
「私たちは何を閉じ込めているんだ?」
その答えは今、明らかになった。希望を、愛を、そして赦しを。
壁に染みついていた黒い汚れが消え、ガラスの向こうに本来の風景が戻ってくる。セクター7の灰色の大地にも、変化の兆しが現れ始めていた。
地下ドームでは、小川が不思議な輝きを放ち始めた。枯れていたチューリップが、一輪また一輪と蘇っていく。赤い花びらが、生命の証として風に揺れた。
「ほら、チューリップ」
ハーヴェイが指差す。
「エリザの母が愛した花。そして、サラとヴァージニアが描いた花」
巨大な怪物が苦しみの咆哮を上げながら、光の中に溶けていく。その姿は、もはや恐怖の象徴ではなく、哀れな犠牲者のようだった。