第54話 オメガパルス
突然、照明が激しく点滅し、警告音が鳴り響いた。
「警告:ナノマシン活動極限値超過」
「レイナが遺したオメガパルスを使いましょう」
エリザの指が迅速にコンソールを操作する。科学者としての使命感が、彼女を突き動かした。
「浄化用ナノマシンに特殊な指令を与える」
画面に複雑な数式が流れていく。
「全てのナノマシンは同じ基本構造を持つ」
説明しながら、必死でプログラムを構築していく。
「初期バージョンなら止められるけど、全部消える保証はないよ」
ティムが力強く言った。
「それでもやるしかないだろ」
エリザは最後のキーを押した。
「オメガパルス:準備完了」
その瞬間、建物全体が激しく震動した。
「警告:ナノマシン活動極限値超過」
「何が起きてる?」
メアリーが子供たちを抱き寄せた。
「ナノマシンが自分たちの危機を感知した」
エリザが説明する。モニターに巨大な怪物の姿が映し出された。それは、11年前に家族を奪った姿そのものだった。
「これが彼らの最終防衛形態」
声には恐怖と共に、決意が込められていた。
「オメガパルスはまだ有効。ただし、誰かが中央制御装置でボタンを押さなければならない」
中央制御装置は、今まさにナノマシンの猛攻撃を受けているドーム内にあった。
「私が行くわ」
エリザの声に迷いはなかった。これは彼女の贖罪であり、そして解放でもあった。
ティムが申し出た。
「俺が残るよ」
「ティム、ダメだよ!」
メアリーの叫びに、子供たちも声を揃えた。
「パパ、行かないで!」
エリザは静かに首を振った。
「いや、私が残るよ。私の罪を私が終わらせるね」
そして、穏やかな笑みを浮かべた。11年ぶりの、本当の笑顔だった。
「サラ、アラン、母さん、やっと会えるよ」
震動が更に激しくなる中、エリザは素早くコンソールを操作した。
「もうひとつ、レイナが残した時空転移プログラムの準備ができた」
小型デバイスを取り出し、設定を確認する。
「時空転移:準備完了」
「これで過去に戻れるはずだよ」
「レイナとは?」
メアリーの問いに、エリザは少し寂しそうに微笑んだ。
「彼女は私の助手だった。時空転移を研究していた」
モニターに2026年の写真が映し出される。若きエリザとレイナが、研究室で微笑んでいる。
「彼女は最後まで私を信じ、救おうとしてくれたんだ」
声には深い感謝と後悔が込められていた。
「2025年6月20日を転移点に設定している」
最後の設定を確認し、デバイスをティムに手渡した。
「無事に過去に戻れたら、私の過ちを止めてね」
ティムが厳粛に約束した。
「絶対に未来を変えてみせるよ」
ヴァージニアがスケッチブックからページを一枚破り、エリザに渡した。
「未来の風景、描いておきました」
それは、青い空と緑の森、そして小川のほとりで微笑む人々の絵だった。
エリザは涙ぐみながら、その絵を胸に抱いた。
「美しい、サラみたいに才能があるね」
大きな震動が建物を揺るがした。
「時間がない!行って!」
エリザが叫び、家族を出口へと押し出した。
最後に振り返ったヴァージニアと目が合った。
「ありがとう」
エリザの唇がそう動いた。
そして、鉄扉が閉まった。
「私たちは何を閉じ込めているんだ?」
アールの問いへの答えが、今明らかになった。
「希望を」
エリザは静かに呟いた。
「でも、もう解放する時が来た」