第51話 最後の希望
セクター7制御室、2038年7月26日、午後6時。
エリザはモニターを見つめていた。地下ドームには、ティム一家が集まっている。小川の近くで、希望を探している。
スピーカーのスイッチを入れる。
「ティム、お前たちが私の聖域に来たね。だが、ここで終わりだよ」
画面の中で、ヴァージニアがスケッチブックをめくっている。水面に浮かぶチューリップ型の光の波紋を描いているようだ。その真剣な表情、絵に向かう姿勢——
「サラ…?」
一瞬、氷が溶けかける。サラも、いつもあんな風に真剣に絵を描いていた。「ママ、見て!」と言いながら、新しい絵を見せてくれた。
でも、すぐに首を振る。過去は戻らない。
「違う。サラは死んだ。私が殺した」
しかし、ヴァージニアの姿から目が離せない。まるでサラが、時を超えて自分に何かを伝えようとしているかのような——
「ママ、どうして機械の音が、泣いてるみたいに聞こえるの?」
サラの言葉が蘇る。そう、機械は泣いていた。世界を救おうとして、逆に破壊してしまった悲しみに。
ナノマシンの最終制御コードを起動させる。画面に「第二段階:物理形態構築」と表示される。
黒い粒子が集まり、巨大な怪物を形成していく。小川の光だけが、かろうじて一家を守っている。
「あの光も、もうすぐ消える」
しかし、震える手は止められなかった。なぜだ?なぜあの少女を見ると、胸が痛むのか。
サラの最後の言葉が、記憶の底から浮かび上がる。
『ママ、大好き…』
「うるさい」
小さく呟くが、震えは止まらない。
警報が鳴る。
「エリザ様、ティム一家が地下通路を移動しています。副制御室に向かっているようです」
技術者の報告に、エリザは振り返った。
「副制御室?レイナの残した地図か」
立ち上がる。白衣の裾が翻り、決意の音を立てる。最終決戦の時が来た。
「私も行く。あそこで全てを終わらせる」
歩き始めたが、一瞬だけ振り返った。モニターには、まだヴァージニアの姿が映っている。一心に絵を描く少女。
心の奥で、サラの声が聞こえた気がした。
『ママ、笑って』
「うるさい」
小さく呟き、足を速めた。
黒い制服の裾を翻し、制御室を出る。通路の先には、運命の対決が待っていた。そして、彼女はまだ知らない——あの少女との出会いが、凍りついた心を溶かす最後の希望となることを。
「私たちは何を閉じ込めているんだ?」
その答えは、もうすぐ明らかになる。