第5話 蠢くモノたち
「何だこれ?」
タブレットを水面に近づけて撮影しようとした。画面には「異常な光学パターンを検出」という警告が表示された。文字が、血のように赤い。
ヴァージニアは岸辺にしゃがみ、スケッチブックを開いた。色鉛筆を取り出し、水面の様子を描き始めた。
「キラキラしてるけど…変だよ」
囁き、手が震えた。水を覗くと、赤い影が揺れて不思議な光を放つのが見えた。光が、花びらのように開いては閉じる。
「光が...話してる気がする」
ほとんど聞こえないほど小さな声で言った。
スケッチブックには、水面の様子と共に、光のパターンが細かく描かれていた。線が交差し、波紋のように広がった。描いているうちに、波紋が花びらのような形を作り始めた。チューリップ。水の中で咲く、赤いチューリップ。
ジュディはウーちゃんを片手に持って小川の浅い部分に近づいた。
「ウーちゃん、水遊び!」
笑い、水をかき回した。赤い影が波紋に混じり、水面が一瞬黒く濁った。ウーちゃんの足に、黒い何かが付着する。
「ウーちゃん、汚れちゃう!」
慌てたが、メアリーがすかさず駆け寄った。
「ジュディ、離れて!」
声を上げ、娘の手を引いた。手が触れた瞬間、電気のような何かが走る。
ティムも危機感を抱き、すぐに立ち上がった。
「メアリー、戻ろう」
「俺が後ろから見ている」
家族を先導するメアリーの後ろを歩きながら、何度も肩越しに小川を振り返った。水面に、誰かの顔が映っているような気がして。
メアリーは子供たちを先導し、バンガローへと急いだ。ジュディの小さな手をしっかりと握り、アールとヴァージニアを急かした。
「急ぎなさい、でも走らないで」
声が震えている。
バンガローに戻ると、室内はまだ暖炉の温もりで包まれていた。でも、その温かさが、かえって不気味に感じられる。アールが暖炉のそばに座り、タブレットを手に取った。
「小川、変だったね」
撮影した映像を再生し始めた。
「光の動き、規則的だよ。ランダムじゃない」
眉を寄せた。画面の中で、赤い光が明確なパターンで点滅している。S.O.S.のような、助けを求めるような。
ヴァージニアは暖炉の横の椅子に腰掛け、スケッチブックを膝に置いた。
「水のキラキラ…怖かった」
囁き、描いた絵を見つめた。窓をちらりと見た。
「何か見てる気がする」
窓の外で、霧が顔のような形を作っては消えていく。
指が無意識に新しいページを開いた。そこに描き始めたのは、闇の中で赤く光る何か—まだ形のはっきりしない、不安の象徴だった。でも、その中心には、やはりチューリップが。
ジュディはメアリーの膝に座り、ウーちゃんを抱きしめていた。
「ウーちゃん、水遊び楽しかったね」
笑い、メアリーの腕に寄り添った。暖炉の火を見つめた。
「あったかい」
でも、ウーちゃんの足についた黒い染みが、少しずつ広がっている。
メアリーがティムに視線を送り、小さな声で尋ねた。
「ティム、昼過ぎに晴れるかしら」
声を低くして続けた。
「あの赤い光、自然現象とは思えないわ」
ティムはポーチに出て、空を見上げた。
「晴れるといいな」
声には確信がなかった。深呼吸し、森の香りを感じようとした。松の香り、湿った土の匂い、そして…かすかな金属臭。空気が、少しずつ変質している。
窓の外では、赤い影が水面に映る月のように静かに揺らめいていた。メアリーはそれに気づいたが、さりげなく窓から離れた。子供たちの方を向いた。
「夜はゲームでもしようね」
家族を見回し、その存在に力をもらった。指が首元のペンダントに触れた。
暖炉の火が、不意に青く燃え上がった。一瞬のことで、誰も気づかない。でも、ヴァージニアのスケッチブックには、その瞬間が描かれていた。青い炎の中で咲く、赤いチューリップ。