第38話 レイナとの別れ
「最後までかっこよく決めたかった」
壁に寄りかかったレイナが苦しげに微笑んだ。その笑顔は、もう孤独ではなかった。
「医務室へ急げ!」
メアリーの訴えにレイナは静かに首を振った。
「待って。もうダメよ」
彼女は子供たちを手招きした。
「おいで」
子供たちが近づくと、レイナは最後の力を振り絞って語り始めた。
「人生で大事なのは希望を捨てないこと。家族と仲間を信じて進むの」
「私は一人で戦ってきたけど、皆と一緒になって初めて分かった。守りたい人がいることが、こんなに嬉しいものだとね」
一人で生き延びるために何をしたか...トランクに揺れる遺品たち。かつて守れなかった人々。でも今は違う。
息を整え、重要な情報を伝え始める。
「2025年6月20日、ドーセットの森の小川。あそこであなたたちがナノマシンに触れた」
メアリーとティムが顔を見合わせる。
「あの接触が時空転移の鍵なの。分室の地下にエリザの制御装置がある。そこに行けば、過去に戻れるかもしれない」
「2025年に戻って実験を止めれば、大崩壊を防げる」
震える手がコートのポケットからメモを取り出し、メアリーに渡した。
「お願い……この光だけは、消さないで……」
レイナは力尽きたように目を閉じ、手が力なく落ちた。
外でランドマスターが爆発し、炎と煙が空を赤く染める音が響いた。
住民たちが息を呑み、シェルター内に深い静寂が広がった。
住民たちの中には涙を流す者もいた。自分たちのために戦った彼女への敬意と、己のエゴへの恥じらい。
ティムがレイナの遺体に近づき、膝をついて見つめた。
「彼女の意志を無駄にしないよ」
メアリーがティムの肩に手を置く。
「レイナのために動くわ」
「レイナさん、僕たち頑張るからね」
アールの声には幼さと強さが混じる。
「いつかスケッチに描くよ。レイナさんの強いところを」
ヴァージニアはスケッチブックを抱く。すでに心の中で、レイナの最後の笑顔を描き始めていた。
「ウーちゃんも悲しいって」
ジュディの無邪気な言葉。
住民たちの間に動揺が広がる。
「彼女が死んだのか…俺たちの希望が」
突然、シェルターの通信機からエリザの冷たい声が響いた。
「レイナが死んだのね。だが役に立ったわ」
ティムが激しく反応する。
「人が死んでるんだぞ!」
床に鉄パイプを叩きつける。
メアリーは涙を抑えながら、レイナから受け取ったメモを開いた。そこには、見覚えのある文字が並んでいた——Dahlia、Tulip、River。
「何だこれ…」
ティムが家族を集める。
「レイナの意志を無駄にはしない」
メアリーが頷く。
「レイナのために動くわ」
子供たちも加わる。
「頑張る!」
「諦めない!」
「レイナの分も笑うよ」
住民たちも少しずつ立ち上がり始める。外では怪物の咆哮が近づくが、レイナの遺した希望がシェルターに小さな灯火を点していた。
ティムはレイナの遺体を見つめ、静かに呟いた。
「レイナの希望は俺たちにあるのか…」
答えは既に彼の心の中にあった。そして、床に落ちていたレイナの暗号めいたメモを、ヴァージニアがそっと拾い上げた。