第33話 生存者の日フェスティバル
時間: 2038年7月27日、朝6時
場所: セクター7居住区、中央広場
約一ヶ月が経ち、セクター7に珍しい活気が満ちていた。年に一度の「生存者の日フェスティバル」—灰の世界で人間らしさを取り戻す貴重な日。でも、その人間らしさも、どこか歪んでいる。
中央広場の即席ステージでは、錆びたドラム缶を太鼓代わりに叩く音が響いていた。裸電球が埃に反射し、オレンジ色の光が幻想的に舞った。光が、亡霊のように踊る。
「こんな日があるとはな」
ティムは広場を見渡した。ジャケットの袖口は擦り切れていたが、表情には久しぶりの柔らかさがあった。一ヶ月の適応が、彼を変えていた。
「少しは気が紛れるね」
メアリーが微笑んだ。でも、その笑顔には疲労の影がある。
「何か楽しいことあるかな?」
アールが飛び跳ねた。成長期の体は、この一ヶ月でさらに痩せていた。
「人がいっぱい…」
ヴァージニアは小さなスケッチブックを胸に抱えた。この一ヶ月で、彼女は灰色の世界にも描くべき価値を見出していた。ページには、セクター7の日常が克明に記録されている。
「ウーちゃんも嬉しいね!」
ジュディが水色のドレスの裾を摘んだ。ドレスは所々破れ、繕った跡がある。ウーちゃんの銀の模様は、この一ヶ月でさらに複雑になっていた。
「僕も叩きたい!」
アールが駆け出し、カイが隣のテントから現れた。
「一緒に行こうぜ!」
二人の友情は、この過酷な世界での小さな希望だった。
二人はステージに駆け寄り、木箱を叩き始めた。即興のリズムに広場全体が活気づいた。でも、その活気も束の間のもの。
「元気だな」
ティムの頬に笑みが浮かんだ。子供たちの笑顔が、生きる理由を与えてくれる。
「私、絵を描こうかな」
ヴァージニアがスケッチブックを開いた。鉛筆が紙の上を走り、太鼓を叩くアールの姿を捉えていく。そして、背景には微かにチューリップのような形が浮かび上がっていた—希望の象徴として。でも、その花は少し歪んでいる。
「ウーちゃんも踊るよ!」
ジュディがくるくると回り始めた。その動きに合わせて、ウーちゃんの銀の模様が輝きを増す。
リサが近づいてきた。この一ヶ月で、隣人としての絆が生まれていた。
「年に一度の息抜きよ。楽しまなきゃ」
でも、その言葉には皮肉も混じる。
「少しは人間らしく感じるな」
ティムが呟いた。人間らしさとは何か、もう分からなくなっている。
メアリーは黙って暖炉の火起こしを手伝うティムの姿を思い出した。あの時の二人の無言の協力。今は、言葉を交わすことも増えたが、あの静かな理解の方が深かったような気がする。