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第30話 レイナ・ハート

「レイナ・ハートね」


エリザの表情に緊張が走った。


「私の助手だった女がなぜあなたたちと一緒なのかしら」


モニターに手を当て、青い瞳に怒りと何か深い感情が交錯した。


「あなたたちがここにいる理由を彼女は隠してるはず。時空の法則を操作する何かを」


「俺たちは何も知らねえ。レイナに助けられただけだ。本部へ行ったって言ってた」


ティムは腕を組み、メアリーと子供たちを守るように前に立ちはだかった。


「本部?嘘をつくな」


エリザの声は鋭さを増した。


「彼女が本部に行くなら、私が知らないはずがない。レイナは何か企んでるわね」


頬の傷跡が顔に影を落とした。


「レイナを信じよう」


ティムはメアリーに小さく囁いた。


「あなたたち、レイナから何を聞いた?隠すと追放処分よ」


エリザが一歩近づき、声に威圧感が増した。足音が床に鋭く響き、コートの裾が灰を舞い上がらせた。


「何も知らねえって言ってるだろ」


ティムは怒りを抑え切れない様子で答えた。


「彼女は私たちを助けてくれただけよ。データが残ってれば過去に戻れる可能性も理解できるかもって…」


メアリーは冷静さで語ろうとしたが、声は微かに震えていた。


「データ?なるほどね」


エリザの口元に皮肉な笑みが浮かんだ。


「レイナがそんな甘い夢を見せたのね」


「確かに私の実験には時空転移の技術があったわ。でも、それは失敗したのよ。制御不能になって…この世界ができた」


青い瞳が暗く陰り、データパッドを握る指に力が入った。


「失敗したなら、なぜ俺たちを疑うんだ?」


ティムの詰問にエリザは瞬時に反論した。


「レイナがまだ信じてるなら、何か企んでる証拠よ」


メアリーは子供たちを守るように抱き寄せながら静かに言った。


「私たちはただ生き残りたいだけ」


「レイナ、どこに行ったの?」


アールの素直な疑問に、エリザは少し表情を和らげた。


「彼女がどこにいるかは私が知りたいくらいよ。分室で何か見つけたなら…危険な賭けに出てるわね」


子供に向ける声には、わずかに柔らかさが混じっていた。


「レイナ、助けてくれるよね?」


ヴァージニアの小さな声に、エリザは冷たく返した。


「助ける?彼女は自分の目的のために動いてるだけよ。あなたたちを利用してる可能性だってある」


話しながら、彼女の視線が壁の赤い結晶に向き、一瞬だけ不安が浮かんだ。


「レイナ、優しかったよ」


ジュディの無邪気な反論に、エリザの表情が一瞬崩れた。


「優しさなんて、この世界じゃ脆いだけよ」


声には苦さが滲み、コートのポケットに手を入れて何かを握りしめた。


「この森、入った時より狭くなってない?」


アールが突然呟いた言葉に、エリザは一瞬動きを止めた。


「見てみなさい」


エリザは背後の隔離パネルを指し示した。中にはナノマシンに侵された男が閉じ込められ、赤い結晶が脈打ち、半ば金属化した体がガラスに擦れて耳障りな音を立てていた。怪物の咆哮が、肌に冷たく突き刺さる。


「これがナノマシンの末路よ。レイナがあなたたちに何を話したか知らないけど、彼女が私を裏切った結果がこれ」


エリザの声には冷酷さと怒りが満ちていたが、その奥には深い悲しみも潜んでいた。


「裏切った?何だそれ」


ティムの困惑に、エリザは静かに答えた。


「13年前、彼女は私の助手だった。実験の失敗を止められなかった…いや、止める気もなかったのかもしれないわ」


パッドを握る手の震えに、彼女の執念が現れていた。


「そんな…レイナが?」


メアリーの声に驚きと疑念が混じった。


「あなたたちは私の監視下に置くわ。レイナが戻れば、彼女から直接聞く。もしあなたたちが何か隠してるなら…その時は容赦しない」


背後のモニターに赤い警告灯が点滅し、遠くから唸るような音が響いてきた。


「行きなさい。仕事に戻って生き延びなさい。それがあなたたちにできることよ」


冷淡な言葉とは対照的に、エリザの目には一瞬だけ何か——憐れみか、あるいは別の感情——が浮かんだ。


その時、ヴァージニアがスケッチブックの端をエリザに見せた。そこには小さなチューリップが描かれていた。


エリザの表情が一瞬凍りついた。


「その絵…」


しかし、すぐに冷たい仮面を被り直した。


「行きなさい」


警備員の促しで一行は通路へ押し出された。


「何が待ってるんだ」


ティムは低く呻いた。


「レイナを信じたい」


メアリーは小さく、しかし確信を持って言った。


「レイナ、戻ってきてね」


アールの願いに、ヴァージニアとジュディは手を握り合って頷いた。


「あの人たち、最初から死んでたのかな」


ヴァージニアが振り返り、隔離パネルの中の男を見つめながら呟いた。


灰舞う通路を戻る一行の周りに不穏な余韻が漂う中、ティムは家族を見渡し、力強く宣言した。


「俺たちが一緒にいれば何とかなる」


メアリーは子供たちの頭を優しく撫でながら応えた。


「何があっても一緒よ」


その言葉には温かさと決意が宿り、どんな逆境も共に乗り越えていくという誓いが込められた。しかし、その言葉が今までとは違う重みを持つことを、家族全員が感じていた。

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