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第22話 人間だったモノ

一行は来た道を戻り、階段を上って外の光の中へと出た。しかし、廊下を曲がったとき、レイナが突然立ち止まった。


「待て」


廊下の奥から聞こえる異様な音を捉えていた。粘液質の物体が床を引きずるような、湿った摩擦音。それに混じって、機械的な振動と人間の呻き声を思わせる不協和音。


「聞こえる…」


ヴァージニアが震えた。


「泣いてる…誰かが泣いてる」


「何かが来る...」


レイナの警告が、恐怖を確定させる。


全員が息を止め、聞き耳を立てた。暗がりの奥から、赤い光を放つ人型の影が這うように近づいてきた。


「下がれ!」


レイナの警告と同時に、ショットガンが火を噴いた。閃光と轟音が狭い空間に反響した。


ナノマシンに侵された元研究者の姿が闇から現れた。ボロボロの白衣が生きた組織のように体に絡みつき、片腕は完全に機械化して赤く脈動する触手となっていた。かつての人間の顔は歪み、口からは黒い液体が垂れていたが、目だけは人間のものを留め、恐怖と苦痛の表情が凍りついていた。


「助けて...」


怪物の口が、かすかに動いた。


「人間…!?」


メアリーの悲鳴が部屋に響き、本能的に子供たちを背後に隠すように立ちはだかった。


アールが声を詰まらせた。


「死んでるの?それとも生きてる?」


科学では説明できない恐怖。


ヴァージニアは泣きそうな声で言った。


「悲しい…あの人」


その瞬間、彼女のスケッチブックのページが風でめくれ、チューリップの絵が一瞬見えた。花が、死者への供花のように。


ジュディは叫んだ。


「怖い」


メアリーのカーディガンに顔を埋めた。


怪物は突然レイナに向かって跳躍した。レイナはショットガンを発射し、散弾が胸部を貫通した。黒い液体が噴き出し、空気中にナノマシン特有の金属臭が広がった。


「ごめん」


レイナが小さく呟いた。かつての同僚への、鎮魂の言葉。


怪物は喉から機械的な唸り声を発し、再び攻撃態勢を取った。


ティムが叫んだ。


「くそっ!」


パイプを怪物の頭部に叩きつけた。鈍い音が響き、怪物は一瞬怯んだが、その腕がティムの肩をかすめ、彼は膝をつくほどの痛みに顔をゆがめた。


「家族を守る」


痛みに耐え、再び立ち上がろうとした。


レイナが叫んだ。


「ナノ融合体だ!組織が変質している!」


ナイフを怪物の喉に突き刺した。黒い血が噴き出し、怪物は膝をついた。


「安らかに眠れ」


レイナはショットガンを至近距離で発射し、頭部が砕け散った。死体が床に崩れ落ち、黒い液体が広がり、ナノマシンの赤い光が次第に消えていった。


ティムは肩を押さえながら言った。


「罠だったのか?誰かがわざと…」


レイナは警戒を解かず、周囲を見回した。


「分室は死んでいるように見せかけている。でも...誰かが活動を続けている」


ショットガンの弾を入れ替え、廊下を警戒した。


「出よう。一刻も早く」


一行は急いでその場を離れた。全員が固唾を呑み、足音を最小限に抑えながら廊下を進んだ。


ヴァージニアが壁に点在する赤い結晶を恐る恐る見つめた。


「見られてる気がする」


震える声で言った。


「誰かが、ずっと見てる」


階段にたどり着くと、上からの光が救いのように感じられた。メアリーが子供たちを促した。


「急いで」


アールの手を取って走り始めた。


「ママ、何だったの?あれ」


「今は説明している時間はないわ。外に出るのよ」


「何があっても一緒よ」


階段を上り詰め、ようやく全員が外の光の中へと出た。灰嵐は相変わらず容赦なく吹き付け、遠くには赤い光が揺らめいていた。ランドマスターのエンジンが再び唸りを上げ、分室は徐々に視界から消えていった。


レイナのバックミラーを通した最後の一瞥に、深い悲しみが浮かんだ。


「セクター7本部へ急ごう。ティムの傷の手当てが必要だ」


以前より温かみがあった。IDカードを握る手には力が入り、指の関節が白くなった。


「そして...もしかしたら、過去に戻る方法も見つかるかもしれない」


「Dahlia、Tulip、River」


また、謎めいた言葉を呟く。


メアリーは後部座席で子供たちを抱きながら、分室が視界から消えていくのを見つめた。


「ティム、私たち、きっと戻れるわ」


囁きは風に溶け、ランドマスターは荒野の彼方へと走り去った。


しかし、誰も気づかなかったが、分室の暗い通路の奥では何かがうごめいていた。赤い目が闇の中で瞬き、壁を伝う黒い液体が生き物のように蠢いていた。


「俺たちは何を閉じ込めているんだ?」


壁に残された落書きが、不吉な問いを投げかけていた。

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