第21話 罠に潜む過去
「壁の中に…何かがいる」
データでは説明できない、原始的な恐怖。
ヴァージニアも足を止め、兄の言葉に頷いた。
「感じる…生きてる壁」
「呼吸してる…」
指先が壁の数センチ手前で止まり、小刻みに震えていた。触れたら、何かが起きる予感。
ティムが不安そうに周囲を見回した。
「この匂い…腐った金属の臭いだ」
「何か来る…」
戦士の本能が、危険を察知する。
レイナは冷静さを保ちながらも、警戒の色を隠せなかった。
「用心しろ。ナノマシンはどこにでもある」
通路の角に身を寄せた。暗闇の中で扉が一つ、わずかに開いており、「制御室」のプレートが薄暗い非常灯に照らされていた。
「ここだ」
レイナは扉を押し開けた。錆びた金属が軋み、埃が舞い上がった。狭い部屋の中央には複雑なコンソールが鎮座し、壁一面のモニターは砕け、床には研究資料が無造作に散らばっていた。
引き出しから、別の家族の写真が覗いている。幸せそうな三人。でも、彼らはもういない。
ティムは部屋に入るなり、天井から垂れる電線を警戒しながら言った。
「これが制御室か?どこにデータがある?」
メアリーが鼻をつまみながら顔をしかめた。
「この匂い…化学物質と何か生物的なもの」
死の匂いが、混じっている。
アールも眉をひそめた。
「焦げた回路の匂いに...何か別の」
「人間の、匂い?」
ヴァージニアは部屋に入るのを躊躇った。
「気持ち悪い空気」
セーターで鼻を覆った。
「ここで、誰かが死んだ」
小さく呟く。
レイナはコンソールの埃を手で払い、IDカードをリーダーに当てた。
「認証」
機械的な女性の声が響き、モニターが青白い光を放ち始めた。
突然、モニターに女性の姿が浮かび上がった。年老いた科学者の姿に、レイナの表情が凍りついた。
「レイナへ...2027年になって初めて内核実験の真実を知った。ナノマシンが進化している。制御不能よ」
映像の女性の声は途切れがちだった。
「ヘレン...」
レイナは小さく呟いた。恩師の名前。
「私達は間違っていた。すまない」
映像が切り替わり、制御室のモニターに「封印エリア」と書かれた地図が現れた。地下深くに伸びる通路と、最深部の大きな空間を示す三次元図面だった。
「これは...研究施設の拡張部分?13年前には存在しなかった区画だ」
レイナの声に、恐怖が滲む。
「彼らは、何を作ったんだ」
アールが興奮と恐怖が入り混じった声で質問した。
「何があるの?ナノマシンの研究所?」
メアリーも一歩前に出て尋ねた。
「これは...地下に何を隠しているの?」
母親の直感が、最悪の事態を予感する。
レイナはIDカードを強く握りしめ、指が震えていた。
「彼らは何かを隠している...」
「私たちが作ったものより、もっと恐ろしい何かを」
言葉を続けようとした瞬間、モニターが突然ショートし、青白い火花が散って煙が上がった。部屋が一瞬暗くなり、再び赤い結晶の光だけが闇を照らした。
アールが叫んだ。
「データが消えた!」
絶望が、声に滲む。
レイナは諦めたように言った。
「これで終わりだ。ここではもう見られない」
でも、メモリーチップを密かにポケットに滑り込ませる。
ティムは疑いの目で尋ねた。
「地下に行くべきか?あそこに何かあるのか?」
レイナは冷静に答えた。
「今は無理だ。封印エリアに入るには特別な防護が必要。それに...」
周囲を警戒しながら続けた。
「何かがおかしい。分室は完全に放棄されているはずなのに、電源が生きている」
「誰かが、待っていた」
家族全員を見回し、特に子供たちの疲れた表情に目を留めた。
「まずはセクター7本部を目指そう。そこでティムの傷を治療し、装備を整える必要がある」
メアリーはレイナに対して微かな感謝の気持ちを込めて言った。
「レイナ、あなたがいなければ、私たちはここまで辿り着けなかった」
子供たちを抱き寄せた。
「何があっても一緒よ」
アールは残念そうに言った。
「もっと調べたかったな」
知識への渇望が、まだ燃えている。
レイナが答えた。
「セクター7ならもっと情報がある」
「生きていれば、の話だが」
小さく付け加える。
ジュディは小さく震えた。
「ママ、ここ怖い」
ウーちゃんの銀の模様が、激しく点滅している。
ティムが皆を促した。
「急ごう。この場所に長居は無用だ」
戦士の勘が、危険を告げている。
レイナもショットガンを構えた。
「出よう」