第20話 セクター7分室
時間: 2038年6月26日、朝9時40分
場所: 荒野、セクター7分室(地下施設)
ランドマスターが灰色の荒野を切り裂き、セクター7分室の前で停止した。エンジンの咆哮が弱まり、タイヤが水を含んだ灰の上で最後の回転を終えた。静寂が、不気味な重さで車を包む。
巨大な半円形の研究施設は大地に半ば埋もれ、緩やかな丘のように風化していた。コンクリートの外壁には幾何学的な亀裂が走り、入口の門柱だけがかろうじて原型を留め、「セクター7 分室」の文字が風化した金属板に辛うじて残っていた。文字が、警告のように見える。
メアリー・マクレーンは後部座席で子供たちを抱きながら、緊張で引き締まった声で尋ねた。
「ここが...セクター7?」
ネックレスを触る指先が冷たさを感じた。金属が、不吉な予感を伝える。
「何か間違ってる気がする...」
母親の直感が、危険を察知している。
助手席のティム・マクレーンは傷だらけの肩を押さえながら、眉間に深いしわを寄せた。
「ここが分室って...本部じゃないのか?」
声には苛立ちと恐怖が混ざり合い、指がジャケットの血の染みを無意識に押していた。
レイナはハンドルから両手を離し、建物を詳細に観察した。
「ここは分室だ。本部はまだ先にある。だが...おかしい」
声は低く、過去に向けられたような調子で続いた。
「ナノフィルターが切られている。防御システムも休止状態だ」
黒い瞳には警戒心が満ちていた。指先がショットガンの安全装置を確認した。
「あの時も同じだった...」
過去の記憶が、悪夢のように蘇る。
アールは窓に顔を押し付け、好奇心に満ちた声を上げた。
「研究所だ!実験装置とかあるのかな?」
「ここで何を研究していたんだろう?」
割れたタブレットを見て歯を噛んだ。データへの渇望が、恐怖を上回る。
ヴァージニアは抱きしめたセーターの中から小さな声を漏らした。
「気配がする...中に何かいる」
緑の瞳は施設の影に何かを感じ取っていた。
「赤くて...黒いもの」
「呼吸してる」
スケッチブックのページが、微かに震える。
ジュディは無邪気な好奇心と恐怖が入り混じった表情で尋ねた。
「パパ、あそこ何するとこ?」
ウーちゃんの銀の模様が、警告のように点滅し始める。
レイナは決然とした声で告げた。
「降りる。様子を見てくる」
ショットガンを手に取る動きは無駄がなく、車のドアを開けるとすぐに周囲を警戒し始めた。
ティムも立ち上がり、錆びた鉄パイプを握りしめた。
「一人では行かせない」
肩の痛みに顔をゆがめながらも、目には決意が宿っていた。
メアリーは心配そうに言った。
「気をつけて。二人とも」
声は冷静だったが、その奥に深い不安が潜んでいた。
「静かにしていなさい」
子供たちに優しくも厳しく言い聞かせた。
「何があっても一緒よ」
呪文のように繰り返す。
レイナとティムが砂利を踏みしめ、地下への階段を下り始めた。片側に寄った非常灯だけがかすかに機能し、血のような赤い光が階段の側面を照らしていた。光が、生きているように脈打つ。
腐食した金属と古い電子機器の匂いが混ざり合い、同時に生物的な要素も感じさせる異様な臭気が漂っていた。何かが、腐っている。でも、それは機械なのか、生物なのか。
アールが突然車から飛び出し、階段の上から叫んだ。
「待って!僕も行く!」
知識への渇望が、彼を突き動かす。
メアリーも残りの子供たちを連れて階段を降りていった。
「アール、一人で行動しないで!」
母親の本能が、家族を一つに保とうとする。
地下に降りきると、巨大な円形ホールが広がっていた。天井の一部が崩落し、灰色の光が細い柱となって床を照らしていた。埃に覆われた床には研究機器の残骸が散乱し、壁には13年前から時間が止まったかのようなデジタル時計が「00:00」を表示していた。時間が、死んでいる。
最も不気味だったのは壁に点在する赤い結晶—ナノマシンが侵食した痕跡で、かすかに脈動する光を放っていた。結晶が、心臓のように鼓動している。
床の隅に、誰かが使っていた毛布が残されている。生活の痕跡。でも、その持ち主はどこに。
レイナは中央に置かれたコンソールに近づいた。
「メインシステム...これが動けば」
指が埃まみれの表面を撫で、過去の記憶が洪水のように押し寄せてきた。
「ここで、私は...」
言葉が途切れる。
レイナはIDカードをリーダーに当て、スイッチを押した。埃まみれの端末が震え、一瞬青い光が走った後、「認証エラー」という表示と共に再び暗転した。
「管理権限が変更されている...制御室だ」
家族を先導するように歩き始めた。
「誰かが、ここを使っていた」
不吉な予感が、声に滲む。
ティムはレイナに続き、声を潜めて尋ねた。
「制御室に何がある?データか?」
希望を探す声。
メアリーは子供たちを近くに集め、廊下の特徴を記憶しようとしていた。
「戻れる方法が見つかるといいけど...」
教師の観察眼が、環境を分析する。
一行は暗い通路を進んだ。壁に走る亀裂からは黒い液体が緩やかに滴り、漏電した電気回路が時折火花を散らしていた。液体が、血のように見える。
壁に、誰かが爪で引っ掻いたような跡がある。必死に、何かから逃げようとしたかのように。
アールが突然足を止め、震える声で言った。
「聞こえる?…何か動いてる」