第16話 空からの攻撃
手がアクセルを一気に踏み込み、車体が突然の加速に悲鳴を上げた。エンジンが、限界を超えて咆哮する。鳥が屋根に爪を引っかけ、軋む金属音が全員の背筋を凍らせた。
ティムが身を乗り出した。
「どうすればいい!?」
助手席の下を探り、古い金属パイプを見つけ出した。
「これが頼りか…」
肩の痛みが鋭く走るが、武器を握る手に力を込めた。家族を守る、その一念で。
鳥が窓に嘴を叩きつけ、ガラスが砕け散った。破片が車内に飛び散り、ヴァージニアが悲鳴を上げた。
「もう嫌だ!」
でも同時に、彼女の目は鳥の動きを追っている。描くために、記録するために。
メアリーは即座に娘に覆いかぶさった。
「ヴァージニア、こっちに!」
ガラスの破片が、星のように舞う。
ジュディが泣き叫んだ。
「ママ!」
ウーちゃんを強く抱きしめた。ウーちゃんの銀の模様が、一瞬強く光る。
アールが叫んだ。
「窓から入ってくる!」
咄嗟に手近なタブレットのケースを鳥に投げつけた。小さな抵抗だが、勇気ある行動。
レイナは一瞬だけ少年に目を向け、認めるように頷いた。
「咄嗟の判断、良いぞ」
アールの目が一瞬輝いた。認められた喜びが、恐怖を和らげる。
ティムはパイプを振り上げ、鳥の頭部を力いっぱい打った。鈍い音が響き、赤い目が一瞬揺らいだ。
「くたばれ!」
父親の怒りが、武器に宿る。
鳥は怒りの咆哮を上げ、力強い翼で車体を叩きつけた。ランドマスターが横に大きく揺れた。世界が、一瞬傾く。
レイナが突然叫んだ。
「助手席の下!射撃用の散弾だ!」
その声に、プロの戦士の片鱗が見える。
メアリーは我に返り、素早く手を伸ばした。
「これ!?」
散弾のカートリッジを見つけ出すと、レイナは即座に命じた。
「手渡せ!」
膝にあったショットガンに弾を込めながら、レイナは静かな決意に満ちた声で説明した。
「ナノイドには電子兵器より物理攻撃が効く。組織の再構築を妨げるんだ」
口元に一瞬浮かんだ笑みは、この荒廃した世界でも戦い続けてきた強さの証だった。孤独な戦いの、小さな勝利の積み重ね。
鳥が再び屋根に爪を立て、車体全体が震えるように揺れた。レイナは躊躇なく窓から身を乗り出し、ショットガンを構えた。風が短い黒髪を激しく揺らし、目には冷静な計算が宿っていた。獲物を狩る、冷徹な狩人の目。
引き金を引くと、耳をつんざく轟音と共に散弾が放たれた。鳥の胸に命中し、血と金属の破片が砕け散った。血が、オイルのように黒い。
火薬の強い匂いが車内に広がり、鋭い金属音と共に鳥は一瞬怯んだ。レイナは即座に弾を入れ替え、2発目を放った。
2発目の弾が翼を貫き、骨が砕ける乾いた音が響いた。鳥はバランスを崩し、刹那の悲鳴を上げて灰の大地に墜落していった。悲鳴が、人間の声のようにも聞こえる。
車内が一瞬静まり返り、全員の荒い息遣いだけが響いた。
「レイナ、あなたすごい」
ヴァージニアが小さく呟いた。恐怖と賞賛が入り混じった声。
しかしその安堵は、地面の震えによってかき消された。低い咆哮が荒野に響き渡った。大地が、巨大な太鼓のように振動する。
アールが叫んだ。
「何!? また何か来た!」
後部窓から外を覗いた。
灰嵐の向こうから巨大な影が猛スピードで突進してきた。ランドマスターの後部に激突し、車体が宙に浮くように跳ね上がった。一瞬、無重力を感じる。
影が灰の中から姿を現した—ナノマシンによって変異したサイだった。