第14話 レイナとの会話
「2025年の6月20日から一気に13年先、2038年の今に飛ばされた。それだけだ」
それだけ、という言葉が、かえって事態の深刻さを物語る。
ティムが拳でダッシュボードを叩いた。
「何!? 時間が巻き戻せるなんて...馬鹿げてる」
「これは夢じゃないんだな...」
夢であってほしいという願いが、声に滲む。
アールは目を丸くした。
「えっ? タイムトラベルしたの!? 証明できる?」
科学への興味が、恐怖を一時的に上回る。
ジュディはすぐに泣き出し、メアリーの腕にしがみついた。
「ママ、戻れるの?」
震える声で尋ねた。その問いが、全員の心を貫く。
メアリーは子供を抱きながらも、レイナに詰め寄るように前のめりになった。
「戻れるわよね? 元に戻る方法、あるんでしょう?」
必死の願いが、声に込められる。
レイナは「分からない」と短く答え、「セクター7に着けば何か分かるかも」と付け加えた。
その「かも」という言葉に、一縷の希望と深い絶望が同居している。
車内が一瞬静まり、エンジンの唸りだけが響いた。唸りが、時の流れのように単調で無慈悲。
ティムが静寂を破った。
「ウェイド・インダストリーズ...あのニュースで聞いたのはそこか」
「実験?何の実験だったの?」
メアリーの関心が掻き立てられた。教師の本能が、真実を求める。
レイナは一瞬ためらい、視線をわずかに逸らした。逸らした先に、罪の意識が見える。
「環境浄化...汚染された水や土壌を修復する計画だった」
指がハンドルを強く握りしめ、革が軋む音を立てた。
「自己複製して広がるナノマシン...命令に従って環境を再生する予定だった」
声にはわずかに感情が混ざり始めた。後悔、怒り、そして深い悲しみ。
「私たちは制御できると思ってた」
「私も、そう信じてた」
最後の告白は、ほとんど独り言のようだった。
ヴァージニアが震えた。
「怪物、もっと出てくるの?」
スケッチブックを抱きしめる腕に、力が入る。
ジュディは顔を埋めた。
「嫌だ、ママ」
メアリーは抱きしめた。
「大丈夫よ」
手の震えが止まらなかった。でも、母親の本能が恐怖を押し殺す。
「何があっても一緒よ」
再び、呪文のように繰り返す。
遠くで赤い光がチラつき始め、低いうなり声が断続的に聞こえてきた。音が、獣の呼吸のように規則的。アールが窓に顔を近づけた。
「何かいる! また怪物!?」
レイナは「落ち着け。まだ遠い」と言い、アクセルを踏み込んだ。エンジンが大きく唸り、車体が前に跳ねるような感覚が家族全員を襲った。
「一人で生き延びるために何をしたか...」
レイナが小さく呟いた。その言葉の重さに、車内の空気が凍りつく。
メアリーはレイナをじっと見つめた。
「レイナ、あなたどうしてこんな場所に? 兵士の無線を聞いてたって...何者なの?」
母親の直感が、レイナの秘密を感じ取っている。
レイナは一瞬黙り込み、「過去から来た人間だと聞いて興味があった」と答えた。
「希望を探していた」
本当の答えは、その一言に込められていた。
ティムは呻いた。
「過去から来た人間...? 俺たちをどうする気だ? 信用していいのか?」
家族を守る父親の本能が、警戒心を強める。
レイナは冷たく言い放った。
「生き延びたいなら他に選択肢はないだろ」
バックミラー越しにティムの視線と一瞬交錯した。
「信じるか信じないかはお前次第だ」
低く呟いた。だが目には、かすかな温かさが宿っていた。孤独な戦士の、久しぶりの人間らしい感情。
灰嵐は容赦なく窓を叩き続け、ランドマスターは荒野を切り裂いて進み続けた。遠くに見える赤い光は徐々に近づき、次の危機がすぐそこまで迫っていた。メアリーは子供たちの頭を優しく撫でながら、窓の外の風景に目を向けた。
風化した道路標識の下を通過する瞬間、目を凝らした。「ドーセット」という文字が灰に半ば埋もれていた。
13年前、家族でピクニックに向かった場所。今は死の大地と化している。
「何があっても一緒よ」
子供たちに囁いた。その言葉が、時を超えた絆の証として響く。
ヴァージニアは窓に映る自分の姿を見つめながら、小さく頷いた。
「絵を描く日がまた来るよね」
スケッチブックの光るページが、希望の灯のように輝いている。
レイナの目に、一瞬、羨望のような感情が浮かんだ。家族の絆を持つ者たちへの、複雑な感情。
「Dahlia、Tulip、River(川)」
誰にも聞こえないように、レイナが呟いた。それは暗号か、それとも祈りか。
ランドマスターは、運命の地へと疾走を続けた。