第12話 脱出
レイナは素早く動いた。
「物理的衝撃だけだ!」
叫びながら、バンガローの壁から折れた木の棒を投げた。ティムはそれを受け取り、構えた。
最初の狼が再び襲いかかり、メアリーが悲鳴を上げた。
「ティム!」
子供たちを守るために身を翻し、自分の体で彼らを覆った。
ティムは木の棒を振り上げ、全力で狼の頭部を打った。鈍い音と共に狼が横に倒れた。
「行け、メアリー!」
兵士たちは次々と倒れ、残ったのは唯一のリーダーだけだった。ベルトから鋭い金属製のナイフを抜いた。
「くそっ、やっぱり12系だ」
無線機に向かって叫んだが、応答はなかった。
レイナは素早く部屋を見回し、状況を把握していた。
「ランドマスター…いや、車は外に待機している。屋根から飛び降りる!」
指示した。
アールは恐怖に震えながらも、冷静に状況を観察していた。
「あれがナノマシンか…自己修復能力がある」
階段を上りながら呟いた。
ヴァージニアはスケッチブックを強く握り、恐怖で足が動かなくなっていた。
「怖い…」
メアリーは娘の手を強く引いた。
「ヴァージニア、行くよ!」
叫んだ。階段の方へ子供たちを導きながら、肩越しにティムを見た。
二階へ続く階段は急で狭く、木の板が腐食して所々抜けていた。レイナは先頭で道を示し、メアリーが子供たちを促し、最後にティムが木の棒を構えて後ろを守っていた。
「ママ、ウーちゃん!」
ジュディが突然叫び、階段を降りようとした。
「置いてきちゃった!」
メアリーが娘を引き止めるが、ジュディの目には大粒の涙が浮かんでいた。
「ウーちゃんがいないと…怖いよ…」
レイナは一瞬立ち止まり、階下を見下ろした。素早く階段を降り始めた。
「位置を確保しろ、戻る」
声は冷静だったが、背中には緊張が走っていた。
メアリーは驚いた。
「危ないわ!」
叫んだが、レイナは既に階下の混乱の中に消えていた。
二階は半分崩れており、屋根の一部が落ちて星空が見えていた。外には車らしき影が見えた—灰色の装甲車のような乗り物だった。
階下では、レイナが素早く部屋を見回していた。戦いの音、唸り声、血の臭いで混乱の極みだったが、目はピンクのぬいぐるみを探していた。
「そこか」
暖炉の近くに埋もれた小さなピンクのウサギを見つけた。床に伏せて這うように進み、狼の注意を引かないよう慎重に動く。手がぬいぐるみに触れた瞬間、一つ目の狼が振り向いた。
「くそっ」
レイナは咄嗟にウーちゃんを掴み、反対側の拳でショットガンのストックを振るった。狼の顎を強打し、一瞬の隙を作る。階段へと飛びつき、素早く上りながら叫んだ。
「今だ、飛べ!」
ティムは二階の窓から外を見下ろした。
「車か?」
呟いた。5メートルほど下には巨大な四輪駆動車が待機していた。
「メアリー、子供たちを先に」
メアリーは冷静さを取り戻した。
「アール、行くわよ」
息子を窓の縁に導いた。
「飛び降りるのよ、屋根を伝って」
アールは震える手で窓枠をつかんだ。
「うん、わかった」
答えた。慎重に屋根に這い出た。
ヴァージニアも続いた。スケッチブックは服の中にしっかりと隠され、金髪が風に揺れていた。一瞬振り返り、メアリーを見た。
「大丈夫だよ、ママ」
声は小さかったが、決意に満ちていた。
最後のジュディは泣きじゃくりながら繰り返していた。
「ウーちゃんがいない」
その時、階段から足音が聞こえ、レイナが姿を現した。服は裂け、顔には小さな傷があったが、手にはピンクのウサギのぬいぐるみが握られていた。
「これを探してたか」
小さな声で言い、ウーちゃんをジュディに差し出した。
ジュディの顔が輝いた。
「ウーちゃん!」
叫んで飛びついた。ぬいぐるみを強く抱きしめ、泣き顔に笑顔が混ざった。
「今度は落とすなよ」
レイナは微笑み、促した。
「さぁ、行くぞ」
階下からの唸り声が激しくなり、階段を登ってくる足音が聞こえ始めた。
「時間がない!」
レイナは叫び、ジュディを抱き上げた。
「俺が最後だ、行け!」
ティムが木の棒を構えて言った。
レイナはジュディを抱えたまま、窓から屋根へと出た。動きには無駄がなかった。
「ランドマスターに乗り込め、エンジンはかかってる」
メアリーも続き、家族全員が屋根の上に出た。階下の音が間近に迫る中、レイナは指示した。
「飛び降りるぞ、落下時に膝を曲げろ」
アールが最初に跳び、巨大な四輪駆動車ランドマスターのトランクの上に着地した。次いでヴァージニア、そしてレイナがジュディを抱いたまま飛んだ。
メアリーは夫を見つめた。
「一緒に」
最初の狼が二階に姿を現した瞬間、二人は手を取り合って飛び降りた。
ランドマスターに乗り込むと、レイナは簡潔に言った。
「シートベルト」
すぐにエンジンをふかした。タイヤが砂利を巻き上げ、車は猛スピードで発進した。バックミラーには、二匹の狼が屋根の上から彼らを見つめている姿が映っていた。
ジュディはウーちゃんを強く抱きしめ、車の振動の中で小さく呟いた。
「ありがとう、お姉ちゃん」
レイナは一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに前を向き直した。
「安全な場所へ連れていく」
声は冷静だったが、その奥に何か感情が揺れているように見えた。
メアリーは振り返り、崩れた建物が遠ざかるのを見つめた。13年の時を超え、彼らの冒険は始まったばかりだった。ティムの手を握り、不確かな未来への覚悟を胸に秘めた。
「みんな、大丈夫?」
声をかけた。アールは無言で頷き、ヴァージニアはスケッチブックを取り出して何かを描き始めていた。ジュディはウーちゃんに何かを囁きながら、少し安心した様子で座っていた。
振動するランドマスターの車内で、メアリーは改めて状況を理解しようとした。2038年—世界はナノマシンによって一変し、彼らの知っていた現実は遠い過去となっていた。しかし、家族の絆だけは変わらない。窓の外の荒廃した風景に目を向けた。