第10話 2038年へ
メアリーが目を開けると、そこは見知らぬ荒野だった。
コンクリートの残骸が風に削られ、灰色の塵が舞い上がっている。バンガローの壁は崩れ落ち、暖炉の石枠だけが無言の証人のように残されていた。天井は完全に消失し、代わりに鉛色の空が広がっていた。空が、巨大な墓石のように重い。
メアリーは言葉を失い、崩れた壁の冷たさに手を当てた。昨晩、家族が集まって暖を取った暖炉は砕け、すべてが灰と埃に覆われていた。でも、灰の中に、小さな緑が見える。それは幻覚ではなかった。小さなチューリップの芽が、確かにそこにある。
空は鉛色に染まり、遠くでは雷鳴が低く唸っていた。それは自然の雷ではなく、何か巨大な機械が作動する音のようにも聞こえた。機械が、世界を飲み込んでいく音。
ティムが地面から立ち上がった。
「何だここは...」
呻いた。ジャケットは所々破れ、土と灰にまみれていた。でも、その目には諦めはない。
「メアリー!アール!」
叫んだが、声は荒野の広がりに呑み込まれた。
突然、床に転がっていたラジオが唸りを上げ、雑音の中から掠れた声が漏れ出した。
「今は2038年6月26日だ。お前たちは隔離フィールドにいた」
機械的な声がラジオから響き、メアリーの目が驚愕で見開かれた。
「13年後!?」
震える声で囁き、ティムを見つめた。
ティムはラジオを拾い上げた。
「メアリー、落ち着け。俺が何とかする」
低い声で言い、彼女の手を強く握った。
「何があっても一緒だ」
メアリーの言葉を、今度はティムが繰り返した。
アールが起き上がった。
「未来!?」
叫んだ。割れたタブレットを灰の中から掘り起こした。
「データ...全部消えた。でも、覚えてる。小川のパターン、全部覚えてる」
呟いた。彼の記憶力が、異常に鮮明になっている。
ヴァージニアは小さく囁いた。
「どこなの、ここ」
スケッチブックを胸に抱えた。紙は風にあおられ、擦れる音を立てていた。しかし、不思議なことに、チューリップのような形を描いたページだけは鮮明に残っていた。ページが、微かに光っている。
ジュディは泣きながら、灰の中を小さな手で探り始めた。
「ウーちゃん、どこ?」
そして見つけた。ウーちゃんは無事だった。黒い染みは消え、代わりに銀色の模様が浮かび上がっている。守護の印。
メアリーは子供たちを抱き寄せた。
「ティム、どうするの?」
囁いた。カーディガンの袖を強く握りしめた。
ティムは家族を一箇所に集めた。
「みんな、くそっ...落ち着け!落ち着け!」
叫んだ。声は荒野に響き渡り、家族の手を力強く握ったが、掌には冷や汗が滲んでいた。
「何があっても一緒だ。それだけは変わらない」
遠くには赤い影が群れをなして蠢き、振動音が次第に近づいてくるのが感じられた。ティムは家族を暖炉の残骸に引き寄せた。
崩れた壁に背を預けた。
「俺が守るからな」
呻き、メアリーの顔を見つめた。
メアリーは静かに答えた。
「ティム、私も戦うわ」
家族は暖炉の残骸に寄り添い、荒野の風がコンクリートの隙間を抜けて唸りを上げる中、互いの温もりを感じていた。メアリーの目には強い決意が宿り、視線は遠くに見える赤い影へと鋭く注がれていた。異界の闇の中、家族の絆だけが希望の灯として微かに輝いていた。
「何があっても一緒よ」
メアリーが子供たちに囁いた。その言葉は、13年前と変わらない温かさで響いた。でも今、その言葉には新たな重みが加わっている。時を超えた約束として。