16 神のプログラム
「らんらんら~」
「ふふっ、ご機嫌だね」
電車に揺られて街や雑居ビル、住宅街が窓の外で連なっていく様子を眺めていた。
年明け早々エンダはまた家に来た。
あけましておめでとう、遊びに行こう、と答えは是しか望んでいない様子で。
僕は寒いから家でこもっていたいたかったんだけど、エンダの提案した行く先をさやが聞いてしまって、僕に拒否権はなくなった。
そんなこんなで僕達はスノボをしにスキー場へ向かっている。
「エンダさんはスポーツ好きなんですか?」
「どちらでもないよ。でもレイジにスポーツをさせるのは楽しみだな」
「にーには引き籠もりだもんね」
「わかってるなら引きこもらせてくれよ」
「そんなにーにを心配して外に誘う私、かいがいしくない?」
にやにやとからかうように言うものだから、頭にデコピンを食らわしておいた。
いつの間にかさやはエンダを名前で呼んでるし、これがコミュ力の戦闘力だろうか。
「いたいーっ」
目をばってんに閉じたさやがおでこを抑えている。
「妹に暴力を振るう兄。現代の象徴のようだね」
「そんなバイオレンスな現代は嫌だ」
「ばいおにーにっ」
さやがよくわからない言葉で罵ってくる。
それだとまるで僕はゾンビだろう。
気が乗らない旅行ではあったけど、今回は確かめたいこともあったから良しとしよう。
ここ最近起こっている異常なあれこれは、果たして地元の桜瀬市以外でも起こるのか、だ。
別に起こっても驚かないが、起こらない場合は引っ越しを視野に入れたい。それだけでさやのリスクがぐんと減るだろうから。
念のために鞄に入れてきたお守りが必要ないのが一番だ。
「おっと、車掌さんが来たようだ」
「え? 車掌さん? 切符用意しなきゃー」
「ああ、いいんだよさやちゃん。君はなにもしなくて」
「え?」
電車の連結部の奥から黒いフードを被った巨体がのそりのそりと歩いていた。
手には大きな鎌を持っていて、あれがそうなのかは知らないけど、よく想像される死神そのものに視えた。
肩には古臭いボロ衣の袋を抱えている。
「なんだ、あれ」
「さあ?」
「お前が知らないものってことか?」
「別に私は味方じゃないよ、レイジ」
友達辞めたい。
ともあれその死神はゆっくりと歩き、立ち止まった。
まだ僕達の席は遠い。
席に座る一人へ向き直る。
頭皮の薄い中年男性が新聞紙を広げて読んでいた。
もちろん、死神は視えていないだろう。
大鎌を頭上まで振りかぶり――さくり、と切り落とされた。
頭から胴体にかけて真っ二つ、なんてことはないから、切り落とされたというのは違うかもしれない。
けれどその鎌の先には苦痛に悶える女の幽霊がいた。
この世にどれだけの未練があるのか、耐えがたい悲鳴を喚き散らしながら、肩に抱えた袋に放り込まれていった。
「なんだあれ」
「ふふっ、来るよ」
「にーに?」
僕を心配して腕を掴むさやを見る。
さやは大丈夫なのか?
鞄の中に入れたお守りに手を伸ばす。これで凌げるかどうかわからないが、なんとかするしかない。
死神が一歩一歩近づいてくる。
その巨体は間近で視ると、電車の中では寧ろ窮屈そうなくらいに背が高く、絶望的だった。
できれば僕達の前で止まらないでくれ。
手を組んで微かに願う。
けれど想いは空しく、死神は足を止める。
黒いフードの中の顔を覗き込むと、そこにはなにもなかった。
骨があるわけでも、顔があるわけでもなく、ぽっかりと空いた闇だった。
鞄のお守りに手を伸ばす。
「待った」
エンダの静止でつい止まった。
信じていいのか? こいつ。
さやになにかあってからじゃ遅い。
思考が冷や汗をかかせ、お守りを取り出そうとした時、違和感に気づいた。
違う。
さやのことばかり気にしていた。
それは兄として当たり前なんだけど、死神の狙いはさやじゃなかった。
僕だ。
「ーーーーーーーーーー」
風が吹き抜けるような音は、おそらく死神の声だった。
およそ人に聞こえるような言葉じゃなくて、どんな意味があるかはわからない。
そして、鎌はもう、高く振り上げられている。
「……っ」
死にはしない、とはいえ。
大きな鎌が頭から股間にかけて振り下ろされて、真っ二つになるという夢よりもリアルな光景は、心臓を凍えさすには充分だった。
真冬だというのにぶわっと汗がでて、空調が効いているはずなのに肝が冷えている。
死神の鎌には三人の霊が刈り取られているようだった。
あれが僕から出た、のか?
男も女もいて全く見覚えがない。
悲痛に涙を流しながら、怨念の声をあげていき、彼らは袋の中へ放り込まれていった。
のそり、のそりと死神は次の獲物を求めて歩いていく。
「……はぁ」
ずっと息が止まっていたような気がする。
さっきのはいつものトラブルとはちょっと毛色が違うようだけど、体を鎌で切られるのは遠慮したい。
「にーに、大丈夫?」
「ん、あぁ……大丈夫」
心配そうに覗き込むさやを撫でて宥める。
「よかったね、少し楽になったんじゃないか?」
「んー?」
言われてみれば肩こりが多少?
「なんだあれ」
「あれは掃除屋だね。悪霊でもないけどいつか悪さをしそうな霊を回収するんだよ」
「三人も僕についてたのか?」
「私にも視えないレベルの、そうだね、寄生虫みたいなものだよ。まだなにも悪さなんてしていないけど、集まればしてしまう。それを未然に防ぐ存在だ」
見た目からは想像もできないほどいい奴らしい。
「現世に怨念は山のように発生するからね。魂を管理する連中も多少のシステムは構築するんだよ。まぁ、大した効果はないんだけど」
「なるほど。あの袋の中身どうなってんだろうな」
「さあね。あの世へ通じているのか、或いは、袋の中で競わせてでもいるのか」
「どこの蟲毒だよ……ん?」
腕を引っ張られてさやに視線を向けると、眉間に皺を寄せてなにやら不機嫌そうだ。
「二人だけでわからない話してる」
「そうはいってもな……」
「なんで私幽霊なのに視えないのー」
「いやほんとにな」
「君はその体に強く馴染んでるからね。生者と違いがないよ」
まぁ、さやは幽霊が視たいわけじゃないんだろうし、そもそも視えたからってなにもできないんだからなくていい力だ。
さやを守るためにも色々知っておいて損はないんだ、許してほしい。
「いいもん、着いたらエンダさんとスノボ楽しむから!」
「放っておいてくれるならありがたい」
「あー、んー、じゃあ! にーにを特訓する! ゲレンデが似あう少年ランキング一位にする!」
「勘弁してくれ」
「よかったじゃないかレイジ。海が似合う少年よりは遥かに可能性があるよ」
「それはそうだろうよ」
「日焼けして筋肉質でグラサンかけたにーにかぁ……無理かなぁ」
「勝手に想像して勝手に引かないでくれ」
そんな戯言が飛び交う程度には、僕達は旅行を楽しんでいた。
車窓から見える景色が突然暗くなり、トンネルを進んでいく。
昔から思うけど、このトンネルって長時間いると頭がおかしくなりそうだ。なんだか別の世界へ連れていかれそうで。
そしてトンネルを抜けると一面は雪景色になっていて、白い山が――一瞬で真っ赤なペンキが塗りたくられたようになった。
紅葉で染まる情緒のあるものじゃなくて、もっとどす黒い、まるで血のような色の山からは、黒いもやに覆われている。
聞こえるはずなんてないのに、山からの声が耳に届いたような気がした。
「お、おい」
二人を見ると年始の特番の話で盛り上がっているようで、全く山の様子には気づいていなかった。
「どうしたんだい?」
「いや、あれ」
もう一度窓を眺めると山は雪の積もった白い景色に戻っていた。
なんだったんだ、あれ。
それに、あの声。
「なんでもない」
これから行く先に暗雲が立ち込めるような気持ちも沸くが振り払う。
なにせ、聞こえた気がする言葉は”たすけて”と言っていた。
まぁ、それなら放っておけばいいか。
こちらから関わらなければ大丈夫かもしれない。
あと少しでゲレンデに着く。
そのことに胸を震わせたさやが、無邪気に笑って喜んでいた。
そんなに長くならないと思いますが続きます!
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