閑話 悪魔と幽霊と人間と
「それで、遊ぶったってなにするんだよ」
「今日は雪も降っていないし、イベントもないし、どうしようかね」
「まじでなにしにきたんだ……」
僕の部屋の中央で背筋を伸ばして座布団に正座し、出された緑茶をずずっと鳴らしながら飲むエンダは、端的に言って異質だった。
こいつが似合う風景っていうのはそれこそ実家の館のようなそういう場所で、決して庶民が暮らすありふれた家じゃないんだな。
それと。
自室の扉を開くとさやが転がってきた。
ずっと扉に耳を当てていたからだろう。
ごそごそと物音がするからいるのはわかってたんだけど、罰が悪そうにえへへと誤魔化すさやに呆れてしまう。
「お前はなにしてるんだ」
「いやぁ、にーににお友達なんて珍しくって」
絶対そういう理由じゃないんだろうな、とは察した。
「ふふっ、君もこっちにおいでよ」
「え、いやー……」
さやは僕に申し訳なさそうにするわけではなく、エンダに警戒しているようだった。
ライブの時も転校してきた時もゲームの時もエンダと面識はない状態にはなっているから実は初対面だ。
エンダの力は普通に効いていたはずなんだけど、どうやら魅了はされていないらしい。
じゃあなにに警戒してるんだ?
「いいよ、入っといで」
「はーい」
そう言って、さやは僕の後ろに隠れるようにちょこんと座った。
んー……できれば仲良くしてほしいんだよな、この二人には。
ここ最近の色々を考えると、さやのリスクを少しでも減らしておきたい。エンダが守ることに協力してくれるかどうかはさておいてたとしても、仲良くないと切っ掛けすら生まれない。
沈黙の中でエンダがお茶を啜る音だけが響く。
「こいつは睦月エンダ。で、こっちが妹の沙羅」
「よろしくね」
「あ、はい、お願いします」
ごにょごにょと、さやの言葉は尻すぼみに消えていく。
なんとも言い難い空気が流れた。
なんだろう、僕の部屋なのに居心地が悪すぎる。
「私もこの前のゲームの時、いたんだよ」
その空気を察してくれたのか、気まぐれか、エンダが口を開く。
「え、そうなんですか?」
「そうそう。沙羅ちゃんが起きる前においとましたけれどね」
「ご迷惑をかけてしまったみたいで……すみません」
「いいんだよ。刺激的な遊びだった」
話し終えるとまた沈黙が始まる。
どうにも居たたまれない。
「ふふっ、そんなに身構えなくてもいい。レイジのことを取って食ったりはしないよ」
ああ、なるほど?
それでさやはエンダを警戒してるのか。
少し納得がいかないけど。
「そうだぞ沙羅。こんな男か女かもわからない奴に」
「え? 君にはそう視えているのかい?」
「え?」
どういう意味だ?
「なに言ってるのにーに。こんな綺麗なお姉さんに」
「お姉さん?」
「君にはお姉さんに見えるのか……面白いね、君たちは」
さやには女に見えている?
めちゃくちゃ気になるけどこの話を進めようとするとエンダのことを話さなくちゃいけない。
ただ、さやにあまりこういうことに関わってほしくないのも事実。
いや、話しておくべきなのかもしれない。
ここ最近のことも含めて、さやとは腹を割って話さなきゃいけないとも思っていた。
「さや、今からちょっと大事な話をしようと思う」
「う、うん。え、あの、さやでいいの?」
「大丈夫だ、こいつには。先ずエンダなんだが、こいつは悪魔と人間のハーフっていう変な奴なんだ」
「……にーに」
まて。
沙羅の体でお兄ちゃんを憐みの目で見るのはやめろ。
「ええ!? そうだったのかい!?」
「本当に話が進まなくなるからお前はふざけるな」
大根演技も甚だしいエンダを静止する。
「ふふっ。そういうわけだよさやちゃん。君が沙羅ちゃんに憑りついた霊だというのも聞いてるよ」
実際に話たことはないんだけどどうせどっかのタイミングで読んだんだろう。ライブ会場で会った時、さやも面白い存在だと言っていたし。
「え、じゃあ、本当に悪魔と人間の……?」
「そうだよ」
「悪魔っていたんだぁ」
と、幽霊が言っているのは少し面白かった。
たださやが言いたいことはとてもよくわかる。
幽霊がいるから悪魔もいて当たり前ですよね、とはならない。
「それでな、ここ最近色々なことが起こってるだろ?」
「……うん」
辛そうにさやの表情が陰ってしまう。
「さやが切っ掛けでそうなることに責任を感じてると思うんだけど、あれはさやが原因じゃないんだよ」
「そう、なの?」
「さやが切っ掛けでも切っ掛けじゃなくてもそれは起こってるんだ。だからそういうことに巻き込まれやすいってだけ。現にさやがいないところでも色々巻き込まれてるんだぞ、僕」
「大忙しだね、君は」
お前もその一例だよ、と面倒くさいので飲み込んだ。
「だから気休めとかじゃなくて本当に気にしなくていいし、寧ろさやが危険な目に合わないためにも教えてほしい。な?」
「にーに」
それでもさやには気休めに聞こえてしまっているのか、まだ半信半疑な様子だった。
流石にさやが目覚めてから起こり始めていることは話さない。
そんなこと言えば気に病むことは確実だから。
「で、それとだ。エンダ、お前の性別どうなってるんだ?」
「それは、君から見れば男か女かわからなくて、さやちゃんから見ればお姉さんなんだよ」
「ぶん殴りてえ」
「口に出てるよ、レイジ」
くすくす、とエンダが笑う。
「そのままの意味さ。君達が見るものが真実なようになっているんだよ。私の力でね」
「なんでそんな面倒くさい」
「その方が魅了しやすいからね」
なるほど。理想の性別になるってことか。
「だというのにさやちゃんから見ればお姉さん。さやちゃんは同性愛者ではなさそうなのにね。そして君は性別がわからないという。つくづく面白いね、君達は」
「じゃあ本当の性別とかあるのか?」
「君の想像にお任せするよ」
エンダは明らかにからかうことを楽しんでいた。
だったら、女だとしたら流石にエンダの容姿もあって緊張してしまう自分が嫌だし、かといって頬にキスされた経験もあるから男だと思いたくはない。
今のままでいいか、と思考を投げ捨てた。
「じゃ、じゃあ、その、睦月さんは……」
「エンダでいいよ」
「え、エンダさんは……にーにを騙してるとかではないんです、か?」
「寧ろ私がレイジに振り回されているぐらいだよ」
「それはない」
「はぁ……それなら少し安心した」
「それはよかった」
「だってにーにがこんなに綺麗な人といるなんておかしいもん」
物凄く失礼な暴言だと思うぞ。
「ふふっ、そうだね。学校での彼といえば盆栽のようにひなたぼっこをしてるばかりで、クラスメイトに人と認識されてないまである」
「されてるわ」
だからお前の取り巻きが呪ってくるだ。
「やっぱりにーに、友達いないんだ……」
「い」
いないけども。
「僕に友達は必要ないんだよ。寧ろ友達を必ず作りましょうという風潮はよくない」
「あぁ、ぼっち特有の青春否定。悲しいね」
「悲しいよ、にーに」
なんだこいつらさっきまで距離感あったくせに。
人と仲良くなるコツは共通の敵なんだろうか。
「安心しなよ。私が唯一無二の友達でいてあげるから」
「私もかわいい妹として傍にいるよ、にーに」
「つっこむのも面倒くさい……」
項垂れていると結託した二人が笑っている声が聞こえた。
ここは僕の自室だっていうのに、やっぱり居心地が悪いことにはなにも変わらなかった。
外は寒いだろうけど買い物にでも行こうかと、窓の外を見て現実逃避をするばかりだ。
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