ドラゴンズ & ダンジョン
「牢屋にいる美しいエルフに、オークの手が迫る。
『いやっ! やめて! 乱暴をしないで!』
『へへへ、そうは言っていても、体は正直だぜ』
『イヤだっ! オークの子供なんか産みたくない!』
オークはエルフの服を引き掴むと、ビリビリと破り捨てた。」
問題のシーンを編集長は読み上げた。真面目な顔をして読み上げるので、つい、私は笑ってしまいそうになった。
それが相手に伝わったのか、ジロリと睨まれる。
「何を笑っているんだい。私は非常時に真面目だよ」
「いや、でも、その」
「やれやれ、君はこの講談集英小学館書房の倫理ポリティカル会議に出席をしている理由をわかってないらしいね」
「初めて聞きましたよ。それ。今作ったんじゃないっすか?」
編集長は睨み付けたままに、鼻から息を出した。
きっと、作品の中のオークも似たような顔をしているのかも知れない。
今、編集長が手に持っている作品『ドラゴンズ&ダンジョン」はハイファンタジー小説だ。多くの種族が活躍する素晴らしい作品だと思う。もともとはTRPGの作品であるのだが、それを小説化するにあたり、有名な作者、芥川龍介に協力してもらった。
爆発的ヒットを予感させ、ネットに事前にアップした内容でも反響は悪くない。
「一体、何が悪いんですか? いい作品でしょう」
「いいや。ダメだ。いいかい? 今の時代は、ポリティカルコレクトについて口うるさいんだ」
「それは、わかりますよ。だから、って」
「だめだ。オークとかエルフとか、そういう表現は駄目なんだ」
「じゃあ、どうしろっていうんですか!」
「私に任しなさい。適切な表現に変えて、出版してあげる」
編集長の魂胆が読めた。
ここで、この作品に関わったという実績を作りたいのだ。なにせ、ボーナス査定の前だ。
もともと、逆らう権力は僕にはない。
しぶしぶ、それを受け入れるしかなかった。
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「牢屋にいる美しい白人に、黒人の手が迫る。
『いやっ! やめて! 乱暴をしないで!』
『へへへ、そうは言っていても、体は正直だぜ』
『イヤだっ! 黒人の子供なんか産みたくない!』
黒人は白人の服を引き掴むと、ビリビリと破り捨てた」
編集長は解雇された。