午前の部開始
「では、私セブンより、説明を開始いたしますね。準備はよろしいでしょうか?」
街の外、地面にシートのようなものが敷かれており、その上に皆が自由な座り方をし、この世界に関する説明を受ける事になった。中には寝転んでいる相沢のような奴もいるが。当面奴隷扱いとなる十名も、後ろの端で居心地が悪そうに固まって座っている。
「特に何も無いようですので、開始しますね。説明不足等あれば、後程質問の時間を取り、私の後ろに控えている専門家軍団がお答えしますので、ご了承願いますね」
説明を行うセブンさんの後ろには、街の各分野のトップが集まっているそうだ。ルーザーさんはここにいる。
「とは言っても、皆さんに先程お渡しした資料に主な事は書いておりますので、それに対して補足説明するだけですが。対象者がここまで多いのは初めてですので、クロ様から連絡が来て直ぐに作成に取りかかりました。量産が大変で」
説明と関係ない苦労話が始まりそうな所で、ルーザーさんが咳払いをして、話を戻すように促す。
「あ、話を戻します。では、始めますね」
こうして、説明が始まった。
俺は、説明よりも資料を読む方が理解が早いタイプなので、資料に目を通し、説明中の内容よりも先を読みながら並行して説明を聞く。
要約すると、こんな感じか。
・世界の名前は「アーク」
・現在地は「セブン」と呼ばれる国
・島の中に七つの国があり、少し前までは十三の国があった
・その頃、この国は「トゥエルブ」であり、セブンさんも「トゥエルブ」と言う名前だった
・国の代表者と国名は同じにする文化がある
・雑多な世界の種族や人種が集まっている為、差別等を避ける意味もあり、「人」または「人属」で統一されている
・島はクロ様により結界で覆われており、その外がどうなっているかは不明
・過去に船を作り結界を目指した者も居たが、結界の直前に転移魔法がかかっているようで、最寄りの陸地に転送された
・何らかの分野で一定以上の成果を残すか、能力を認められると、足の裏に紋章が出る
・紋章が無い者は一人前とみなされず、子を作る事が出来ない
・なぜ足の裏かとクロ様に確認した所、「一人前か否かが一目でわかると、それを理由として差別が起きやすいので、普通は見ない足の裏にした」そうだ
・この世界には魔法が存在し、転移してきた者も訓練次第で習得が可能
・魔法は各自の魔力を引き金とし、世界に満ちているクロ様の魔力に働きかける形で使用する
・その場の魔力が尽きると魔法は使えなくなる為、大規模の魔法を連続して使用するような事は出来ない
・魔法の基本は想像力と事象の理解であり、それらが足りない者は使用出来ない
・近辺の魔力が尽きた状態でも、魔石があれば魔法を使用する事が可能
・魔物や魔獣の中には体内に魔力を溜め込む機関を持つものがおり、この機関が魔石である
・魔石は、死体から取り出しても周辺の魔力を蓄積する機能は残り、蓄積分を使い果たしても再度充填する事が可能で、魔力の濃い場所程充填速度が上がる
・科学技術のような他の世界の技術も存在するが、後継者不足により廃れた物も多く、使えるが故障時に修復出来ない状態であり、これらをメンテナンスする能力等があると、容易に一人前と認められる
説明する必要のある内容が多く、昼休憩を取る事になった。
早速、自分の足の裏を確認する者や、説明された内容について相談している者がいる。
奴隷扱いになった者達は、まだ手の拘束が残っている中、頑張って足の裏を確認しあっていた。
結果、脳筋の中に一人だけ紋章があったようで、奴隷の中でも下克上が起きたようだ。
俺は、相沢と委員長と共に昼食を取りながら、魔法について話をしていた。紋章の有無など現時点ではどうでも良い。それよりも、未知の技術に価値を見出だしたからだ。
「万能で大技使い放題、と言うチートな魔法は基本的には使えない、って事だよな。魔石があれば例外だが、良いものは高額で入手困難だろうな。大物を倒せば手に入るかもしれないが、下手するとこちらは魔法を使えず、大物は自分の魔石で一方的に魔法を使ってくる展開になりそうだな。魔法は外れかな?」
相沢が見解を示す。
「でも、まだどの程度の規模のものを何回使えるか、と言った具体的な例が無いので、評価は保留ではありませんか?それに、未知の技術に触れるのは楽しそうですし、自分に使用する才能が無くても、相手がどのように使ってくるのか対策を練る上で知っておいた方が良いと思いますが」
委員長は、既に実戦を想定した上で学ぶ気のようだ。
「確かに。別に戦争や戦闘で使う必要は無いか。日常生活で、例えば指先にライターの様な火が出せるだけでも」
相沢が言いながら人差し指を伸ばし、顔の前に持ってきた瞬間、小さな火が灯り、直ぐに消えた。
「あちっ。今のが魔法か?もう一度。むーん」
再現しようとするが、出来ないようだ。
「今ので周辺の魔力が尽きたとか、そんなはず無いよな?そこまで使用制限が厳しいと、普段の生活で便利に使う事さえ出来ないぞ」
突然の出来事に、俺達三人は驚く。
「まぁ、まだこちらの世界に来られたばかりで、指導を受けていないのに魔法が発現するなんて、凄いですね」
近くで給仕役を務めてくれていた、耳が少し尖ったスレンダーな美人(元の世界の知識で言えばエルフかハーフエルフ辺りか)が、一連のやり取りを見ていたのか、驚きの声をあげる。
「あ、失礼しました。私は今日はエレインと申します。この街で魔法の指導を手伝っています」
挨拶された為、俺達も名を名乗る。"今日は"と言う所が気になったが、取り敢えず置いておく。
「相沢がさっき出した火は、やはり魔法なのですか?」
俺の質問に、エレインさんが回答してくれる。
「はい。一瞬でしたが、火の魔法ですね。日常生活で使うものです。流石にそれだけで周囲の魔力は枯渇しませんよ。偶然とは言え、誰にも師事せず使えるなんて、相沢さんは魔法の適性が高いのかも知れませんね」
美人に誉められ、相沢が照れている。スレているように見えて、それほど女性に慣れていない。そんな奴なのだ。
「皆様、少しでも興味があれば、ぜひ魔法を学びに来て下さい。使えて損はありませんよ。もし、皆様の世界に魔法があれば、情報交換出来ると助かります。ご歓談中に突然割り込み、申し訳ありませんでした。次にお会い出来れば、気軽に声をかけて下さい。それでは」
早口に言いたい事を言い、去っていった。
「なんだか、凄い人だったな。一応魔法については全員興味があるし、また会う事もあるだろう。それより、何の話をしていたんだったか?」
話を戻そうと発言すると、委員長が答えてくれる。
「魔法の有効利用が可能か、でしょうか。一応の結論としては、一先ず学んでみて様子を見る。でよろしいかと」
委員長が結論を出したので、話は次に移る。
「後は、足の裏の紋章か。説明の通りなら、一芸入学のように、何らかの分野に長けた人なら出る、と取れるが。そうなると、それほど難しいものでも無さそうだ。新たな血を必要とするなら、条件が厳しすぎると意味が無いし、納得は出来る。では、何故俺達はこれ程大勢転移して来たんだ?乗り物なら自動車やエレベーター、バスなど、いくらでも基準を満たす人間が乗り合わせる事はあるだろうに」
俺が疑問を口にするのとほぼ同時に、「隣よろしいですかね?」と、声をかけられる。
別にこの場所は俺達だけのものでも無いので、反射的に「どうぞ」と返答し、聞いた事がある声である事に気付く。
上を見ると、セブンさんと師匠が立っていた。
「では、失礼しますね」
そう言い、セブンさんが俺の隣に、委員長の隣に師匠が座る。
「流石、北田先生の教え子さん達ですね。意図的に今回の説明から除外した件について議論しているんですからね」
セブンさんの発言に、師匠は「恐縮です」と答える。
「あなた方三名であれば、私が説明する必要も無く直ぐに気付くでしょうが、時間の無駄ですので、もうぶっちゃけてしまいますね。でも、一応内密にお願いしますね」
そう言うと同時に、周辺の雑踏が聞こえなくなる。
相沢が確認する。
「結界のようなものですか?内部の会話は外に聞こえず、視界はどちらも見える。これも魔法ですか?便利なものですね」
「ご明察の通りです。相沢さんなら、それほど時間をかけずに習得出来そうですね」
相沢はまた誉められ、照れている。元の世界では問題児扱いで、誉められる事に慣れていないのだ。
「足の裏に紋章が出るのは、この世界に良い影響を与えられるとクロ様が判断した人物であり、想像通り大半の方が到達出来ますね」
相沢を誉め殺しにし即放置して、本題に入る。
セブンさんは恐ろしい人だと再度実感する。
「ですが、それはこの鍛練所と同じく、巻き込まれた方への救済策なのですね。本当の目的は、この世界を善くも悪くも変える事が出来る可能性がある人物を召還する事にあるんですね」
一人前の人は巻き添えであり、超人を呼び込むのが目的だったと言う事か。
「あの、質問してよろしいでしょうか?」
委員長がセブンさんに確認する。
「どうぞ」
「その本命の方を判別する方法はあるのでしょうか?それと、どうしてそういった人物が必要になるのか、理由を伺ってもよろしいでしょうか?」
「足の裏の紋章のように、誰でも見ればわかる形でのものはありませんね。但し、その人物と我々クロ様の使徒が対面すると、クロ様が認識している範囲でわかりますね。存在するだけで他者へ影響を及ぼす者。北田先生はそのうちの一人であり、あなた方三名はその候補者ですね」
師匠は「私はその様な者ではない。役者不足だ」と言っているが、俺達三人は納得した。だが、俺達がその候補と言う点については、皆納得いかないようだ。二人はともかく、俺にそんな能力は無い。
「田仲君と相沢さんはともかく、私にその様な能力があるとは思えないのですが」
委員長は謙遜し、自分を除外して考えている。俺からすると、現時点で充分に条件を満たしていると思うのだが。
「ですから候補なのですね。今はまだ足りないものがありますが、このまま順調に成長すれば到達する可能性がある。そういった候補者を含め、複数の方が偶然揃っていた。なので、クロ様は欲張って過去最高人数を転移させたのですね。一方的に転移させられた方の気持ちを考えずに。フレンドリーに見えて、やはり神様。感覚が人とはずれているのですね。本当に申し訳ありません」
セブンさんが申し訳無さそうに頭を下げる。
本人には何の責任も無いのに。
「ごちそうさま。お前達も、早く食べろよ。そろそろ昼休みが終わるぞ」
師匠は俺達が話している間に食事を終えていた。
指摘された通り、他の人達はほぼ食事を終えている。
話し合いはここまでとし、俺達三人は冷めた食事に手を付け、セブンさんはほぼ手付かずの食事を急ぎ食すのであった。