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我ながら呆れる条件

 シュテファン様はいつも姉や妹に追い返されていた。

 それでも毎日毎日、私に会わせて欲しいと言っているとのこと。よくも続けられるものだと、その点は尊敬する。私ならふた月も続けられない。

 そもそも、好きになりそうにもない相手にここまでするのは何故なのだろうか?

 あの事件で自信を喪失したとのことだったけれど、どうしようもないものはある。だから禁術なのだろうし。

 頭では仕方がないことだったと理解しても、それがそのまますんなりと心に入ってくるものではないのも、分かる。

 心を自分の意思と無関係に操られることと、恋に落ちて己を持て余すだとか、ままならない状態は似て非なるものだ。

 恋に溺れるのが怖いなど馬鹿げたことを言っていたけれど、人間は慣れる生き物だ。溺れっぱなしではない。適切な距離というものを見出すし、関係性も変わっていく。アティカたちが言っていたけれど、頭は良いけれど、人としてかなり残念な方だ。

 そんな人にこれから私が言おうとしていることは、もっと愚かなことだという自覚はある。でも、私は私がしあわせになる為に試したい。駄目なら駄目で良い。

 何もせずに後悔するより試して後悔したい。

 

 久しぶりに顔を合わせたシュテファン様は、ユリアが言っていたように随分とお痩せになったようだ。

 婚姻関係にはあるが、二人きりになるつもりはない。

 私の両脇を姉と妹が固めている。父と母は複雑な顔をしつつも邪魔をする気はないようで、部屋を出て行った。


「コルネリア」


 私を見るなり、シュテファン様はほっとした顔をする。

 姉がソファに座るよう促すと、大人しく腰掛けた。私たちもカウチに並んで座る。

 シュテファン様は何か言おうとして口を開いては閉じるを何度も繰り返し、俯いた。

 自分が失言することを恐れているのだろうと思う。

 姉が私を見る。私は頷いた。


「シュテファン様は私と婚姻を続ける意思がおありだと伺いました」


 顔を上げると、弱々しく頷く。


「君が私に怒りを感じていることも分かっている。だが、私は貴女の夫でありたい」


「愛してもいない相手とですか?」


「……信じてはもらえないだろうが、貴女と過ごした日々は心が満ちたりていた」


「私ならシュテファン様の心を乱しませんものね?」


 傷付いた顔をするかと思ったけれど、唇を噛み締め、首を横に振った。辛そうな表情だ。


「そういう意味ではないが……そう受け止められても仕方のないことだと思っている……」


 大変殊勝な反応。

 お義母様たちやクリスタ様に叱られたのかしら?


「貴女が私の元に戻って来てくれるなら、どんなことでもする。戻って来てもらえないだろうか」


 シュテファン様の目を見る。真っ直ぐに私を見ている。


「私を愛せと言っても?」


 驚いたように目を見開いている。予想もしなかったのだろう。


「私が貴方を愛するかどうかは保証しかねますけれど」


 私の言葉にシュテファン様は傷付いた顔をした。それから頷いた。


「……あの日の夜、貴女が味わった気持ちは、こんな感じだろうか。……いや、もっと辛い思いをさせたのだろうな……」


 初夜。

 貴女を愛することはないと言われた。


「他には、私は何をすれば良い?」


「五年の間に私を愛せなかった場合は離縁して下さい」


 本当は三年でも良かったのだけれど、それだとシュテファン様を狙う令嬢たちはまだ結婚適齢期の方もいる。

 我が国の結婚適齢期は、18歳から22歳。

 令嬢たちはシュテファン様を諦めるしかない。

 我ながら意地が悪いと思うけれど、意趣返しさせてもらうつもりだ。

 ただ、シュテファン様に愛して欲しいと条件を付け、大切にされるだけでは今までと同じだ。

 きっと思うように美しくはなれないだろうけど、美しくなる為の努力を真剣にやってみようと思う。

 心の何処かで私などがいくら頑張っても無駄だと思っていて、真剣に美を追求したことなどなかった。

 令嬢たちはそれこそ美しくなる為に努力したことだろう。私はしていない。そんな私が選ばれたのだから許せるはずもない。

 だから私は、美しくなる為の努力を今一度取り組んでみようと思う。


「……分かった」


 シュテファン様を好きになれるかは分からない。初夜に言われた言葉も、私を選んだ理由も、どちらも私の心に深く突き刺さったままだ。

 生家に戻って来てから姉と妹を見て思った。私は人に胸を張って言えるほど努力していない、と。

 努力はした。けれど真剣に何かを自分のものとすべく必死に取り組んだかと問われたら、したと言い切れなかった。

 姉のように研鑽することも、妹のように美を追求することもしていない。無理だとさっさと諦めていた。

 色んなことに中途半端に取り組んで、自分には無理だとすぐに放り投げた。

 やったことは無駄ではなかった。それは間違いない。

 正直に言えばシュテファン様のことはおまけで、私は今回のことを自分を変えるきっかけと捉えている。

 何もせずにシュテファン様と離縁して、姉を支えて家を守り、代替わりしたら領地に隠居する。

 穏やかと言えないこともない。

 でも嫌だった。

 私は、私が思うよりも乙女だった。

 愛されたいという願望がある。そのことに気付かされたのは、初夜と、婚姻相手として私が選ばれた理由を聞かされた後だった。

 なんて酷い人なのだとシュテファン様を心の中で罵った。呪詛したいとも思った。

 けれど、鏡に映る自分を見て、こんな私を無条件に愛して欲しいなどと思うのは、あまりにも自分勝手だと思った。

 私と婚姻を続けたいとシュテファン様は言ったけれど、そのままならきっと良い関係は築けない。

 シュテファン様は私に罪悪感を抱き、私を大切にするだろう。壊れ物に触るように。

 五年は私の為にもうけた期間でもある。五年間しか時間がないのだから、必死に取り組みなさい、という意味だ。

 令嬢たちがもし本気でシュテファン様を思うなら、五年間だけ待って欲しい。私が愛されなければ彼女たちにもう一度機会は訪れる。

 シュテファン様にはしたくもない恋愛に本気で取り組んでもらう。

 よくもまぁこんな下らないことをと自分でも思う。

 でも、しあわせになりたいと思ってしまったのだ。

 だから、抗うことにした。

 

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