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負けず嫌い

 お義父様とお義母様がリヒツェンハイン家にいらっしゃる日、家族は顔を見せる必要はないと言ってくれた。

 父も母も思うところは色々あるようだけれど、私の意思を無視する気はないようで、安心する。

 私も気持ちが落ち着いてきた。

 本当にシュテファン様と離縁するのかしないのか、そろそろ決めなくてはと思う。

 傷心の体で屋敷に閉じこもっているけれど、さすがにずっと屋敷にいるのは飽きてくる。活発な質ではないものの、かと言って内向きな訳でもない。

 それに、お義母様にはご迷惑をおかけしたのだから直接謝罪したかった。

 あの日領地に向かう前にと別邸に立ち寄ったお義母様に、私があの提案をしなければお茶会での騒ぎは起きなかった。

 それは問題を先送りにするだけで、結局燻り続けるものはある。いずれ露見したのか、せずに済んだのかは分からないけれど。今となっては言っても仕方のないこと。

 シュテファン様があの理由で私を選んだこと、私が令嬢達の恨みを買っていることは変えようのない事実。

 優秀な姉と美しい妹に挟まれた何も持たない令嬢と言われているけれど、天賦のものがないだけで何一つ出来ない訳ではない。在学時にも特筆したものは得られていない。けれど何一つ身に付けていないということではない。

 中途半端なのは認める。でも、無ではない。

 私よりも優れた人が多くいるのは妬むことではない。

 誰かが妬ましい。あの人さえいなければ。

 そんな風に考えるのだけは嫌だった。何も成し遂げられない上に人に嫉妬したら性根まで外れていることになる。

 姉と妹が恵まれたものを持つからこその苦労をしていることを知ったことも大きい。

 十分に家族には甘えさせてもらった。

 お義母様達と話し、どうするかを決めたいと思った。


 両親とミューエ侯爵夫妻との話し合いが終わったら呼んで欲しいとお願いをしておいた。

 シュテファン様から届いた手紙を読んでいると侍女が呼びに来た。どうやら話し合いが終わったようだ。

 手紙には私への謝罪と、反省と、許されるならどのようなことでもすると繰り返し書かれていた。

 余計なことが一切書かれていないのは好感を抱いた。もしこれで本当は好きだったなどと書かれていたら紙を刻んで捨てたと思う。

 階下に下り、話し合いの場所のサロンに足を踏み入れる。侯爵夫人は立ち上がって、私に歩み寄った。


「ご無沙汰しております、お義父様、お義母様」


 軽くカーテシーをし、お義父様の方を向き、同じように挨拶をする。お義父様は困ったような顔で私を見て頷いた。


「あぁ、コルネリアさん。貴女になんとお詫びしていいか……」


 目に涙を浮かべるお義母様に、ハンカチを差し出す。


「お義母様、少しお話しするお時間をいただけますか?」


「勿論よ」


 あらかじめ庭のガゼボで話が出来るように準備をしておいた。

 お義母様だけを連れてガゼボに移動する。お義父様には申し訳ないけれど。

 ガゼボで横に並ぶようにして座る。

 身体をお義母様の方に向け、頭を下げる。


「私が余計なことをした所為であのような騒ぎになってしまったこと、お詫びいたします」


「何を言うの。私の代わりを買って出てくれた貴女にあのような思いをさせたこと、申し訳なく思っているのはこちらなのよ」


 それから、と言ってから大きなため息を吐く。


「シュテファンから詳しいことは聞きました。本当に情け無い」


 お義母様の表情はとても険しい。確かに息子からあのような話をされたなら頭も痛くなりそうだ。子供を持ったことはないけれど、想像するだけで頭が痛くなりそうだもの。


「思い違いをしている者の多さにも頭が痛いわ。容姿が優れていることはそれはそれで素晴らしいことよ。けれどそれだけで侯爵夫人が務まると思われては困るわ」


 私は頷いた。ほんの僅かではあったけれど、垣間見た夫人の役目は多岐に渡っていた。伯爵夫人である母も様々な活動をしているけれど、侯爵家ともなるとそこに王家との交際が加わる。

 令嬢たちも貴族として生まれているのだから、全く分かっていない訳ではないけれど、やはり実際に経験しなければ分からないことというのは多いと思う。


「あの子は貴女との婚姻の継続を望んでいるけれど、コルネリアさんの意思を尊重したいと侯爵も私も思っています」


 シュテファン様が何故そこまで私にこだわるのかが分からない。


「シュテファン様ならば私と離縁してもお相手には困らないと思うのです。私と同じように地味な女性もおります。私よりも才能のある方も」


 お義母様はため息を吐く。


「耳が痛いわ。でもそうね、表面だけを見ればそうなるわね」


 お茶で咽喉を潤すと、「本人がどれだけ気付いているのか分からないのだけれど」と話し始める。


「あの件があってから、あの子は自信を失ったようだったの」


 恋をしたことがないから魅了が効かなかったという話だろうか? 王太子殿下を救えなかったことだろうか?

 お義母様から聞こうとして、止める。


「シュテファン様にお会いして、今後のことを決めたいと思います」


 私の言葉にお義母様は頷いた。


「貴女の思うようにしていいわ」




 お義父様とお義母様を見送った後、アティカユリアを部屋に呼んでもらった。

 二人はカウチに並んで腰掛ける。二人を呼ぶのと一緒にお茶の用意も頼んでおいた。テーブルの上にはお義父様たちが来るからと多めに焼かせていた焼き菓子の残りと、カップが並ぶ。


「すっきりした顔をしているわ。何かしら決めたのね?」


 姉の言葉に頷く。

 そう、お義母様に会ってどうするかを決めた。


「決めた? 離縁することを決めたの?」


 お菓子に手を伸ばしながらユリアは私を見る。


「いいえ」


「お許しになるの?!」


 ユリアが驚いた顔をして言う。


「それはシュテファン様次第よ」


 私の言葉に姉はため息を吐き、ユリアは首を傾げた。


「どういうこと?」


 お茶を飲み、私もお菓子に手を伸ばす。


「ネリーも酔狂ね。恋愛小説の読みすぎなのではなくて?」


「酔狂なのは認めるわ」


 恋愛小説の読みすぎについても異論はない。

 私とシュテファン様が離縁したとして、シュテファン様にはすぐに新しい縁談が殺到するに違いない。シュテファン様を狙っている令嬢は多いのだから。

 対して私に来る縁談は、歳の離れた方の後妻など。

 嫁ぐのを断念して姉の手助けをして生涯を終えるのも悪くはないけれど、代が変わったら領地で一人寂しく生涯を終える、そんな未来が見えた。


「何故私だけがそのような目に遭わなくてはならないのかと思ったら許せなくなってしまったの」


「あぁ、そういうことなのね」


「ネリーは負けず嫌いなところがあるのよね」


 ため息を吐きながら姉はお茶を飲む。

 姉には申し訳ないけれど、少し抗いたいのだ。


「でも、良くってよ。容姿を磨くことしか頭のない令嬢たちの鼻を明かしてやるのは悪くないわ」


「名案だわ。ネリー姉様とシュテファン様が離縁するのを、今か今かと手ぐすね引いてる令嬢たちに目にもの見せてやれば良いのよ」


 シュテファン様次第ではあるけれど、私は彼との婚姻継続に条件を付けるつもりだ。聞かされる話や、届けられた手紙の中身に偽りがないならば、シュテファン様は条件を飲むと思う。


「ユリア、お願いがあるの」


「なぁに? なんでも協力するわ」


「元がこれだから限界があるのは分かっているけれど、もう少し見目を良くしたいの」


「勿論よ」


 にんまりと微笑むユリアの隣で、姉も微笑んだ。


「見た目を磨くだけじゃ駄目よ、所作でも美しさは上がるのだから」


「えぇ、心得ていてよ」

 

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