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五年で私を愛せなければ離縁してください(旧題 こだわりが謎である)  作者: 黛ちまた


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ときめきはないのです

 正直に言ってしまえばヤコビ男爵への罰はどうでも良い。幸運なことに被害はなかった。だからといって罰はなくていいと言う気もない。

 それは逆に男爵の立場を悪くするだろうし、良くも悪くも浅慮な人物のようだから、貴族社会を甘く見る可能性もある。

 未来の侯爵夫人としては追加の罰を与えて欲しいと言わないだけで十分だろうと思う。シュテファン様もそれで良いと言ってくれた。


「ネリー姉様ってば手ぬるいわ。男爵から毟り取ってやってもいいぐらいなのよ?」


 ユリアはまだ怒りが収まらないらしく、ずっとこの状態だ。

 ガーデンパーティー五日目。パーティーそのものには参加せず姉妹とお茶をしている。昨日は念の為安静に過ごした。


「私のすることはそのままシュテファン様の評価に繋がるわ。シュテファン様の評価はそのままクリスタ様や王太子殿下にも影響します。下手に私が口出ししなくても、皆さまが良いようになさるでしょう。今すぐとは言わず、後々に役立つかも知れませんもの」


 ただでさえここには数多くの貴族が集まっているのだから下手なことすれば命取りである。


「だからこそ今のうちに首輪を着けておけば良いのに」


 姉も妹も不満そうだ。


「ご心配をおかけしてごめんなさい。私も怪我の一つもしていれば許さなかったけれど、この通り無傷なものだから、あまり激しい反応をして余計な恨みを買いたくないの」


 罰すれば悪く言われるだろう。怪我もしていないのにあそこまでする必要があったのかとか、これまで男爵に関心も持たなかった貴族たちが男爵を囲い込む可能性もある。

 私は関与せず、罪には罪に応じた罰が与えられればそれ以上文句は言われない。


「文句は言ったけれど、ネリーの判断は間違っていないわ。今はあちらもこちらの動向を見守って攻める材料を探しているのだろうから」


 姉はお茶を口にして息を吐く。


「ユリアも気を付けてちょうだい。私たちの行動によってはネリーに影響が及ぶわ」


「分かっていてよ、お姉様」


 力強くユリアが頷く。

 視線を感じて顔を上げると、シシーと目があった。

 そうだった。ストールを二人に渡そうと思っていたのだった。

 私が頷くとシシーがバスケットを持ってきてくれた。


「なぁに? ストール?」


「そうよ」


 ストールを取り出し、バスケットをシシーに渡す。

 片方を姉に。もう片方をユリアに。


「この刺繍はネリーがしてくれたのね?」


 手にしたストールの刺繍を見てアティカが言う。


「えぇ、そうよ」


「お姉様とお揃いなのね?」


 ユリアが笑顔になる。


「ユリアとお揃いなのは嬉しいけれど、ネリーのはないの?」


 姉ならそう言うと思った。


「姉妹お揃いにするつもりで作ったから私の分もあったのだけれど、この前の騒ぎの時に目印として糸を解いてしまったの。だから今はないわ。折を見て自分の分も刺し直すつもりだから気にしないで」


 あの時解いて枝に結び付けた糸は捜索に来てくれた兵たちの目印になって、すぐに私たちが見つかったということだった。


「咄嗟の機転ね」


「シュテファン様がリボンを結んだのを見て思い付いたのよ」


 あれがなければ思い至らなかったと思う。

 ふぅん、と興味なさそうな反応を姉は見せたかと思うと、手元に視線を落とす。


「いつ見てもネリーの刺繍は素晴らしいわ」


 ストールを見て姉が言う。


「本当に。どれだけ頑張ってもネリー姉様のようにはならないのよね」


 そう言えば刺繍だけは二人よりも得手だったと気付く。私にはただの趣味だけれど、淑女の嗜みでもある。

 当たり前として扱われて学院でも褒められたことはなかった。多くの令嬢は自身では刺さず、刺繍の得意な使用人に代わりにやらせるのだ。


「気に入ってもらえると嬉しいのだけれど」


 二人はにっこりと微笑んだ。


「大事にするわ」


「私の宝物よ」


 本当に私は姉妹に恵まれたと思う。

 私にとっての宝物は二人だと言いたいけれど、それは少し気恥ずかしい。こればかりは年老いたときに伝えようと思う。


「そうだわ、二人に相談したいことがあったの」


 二人はストールをそれぞれの侍女に渡すと、私を見る。私の真剣さを感じ取ったようだ。


「シュテファン様との距離が開いてしまいそうだから縮めたいのだけれど、どうすれば良いのか知恵を拝借したいの」


「距離? あの方ったらまた何かしたの?」


「何をされたの?」


 二人が前のめりになるのを見てシシーが僅かに困った顔になる。


「シュテファン様が私を大切にして下さっていることは二人も知っているでしょう? 身体を鍛えて下さるだけでは飽き足らず、私が歌劇が好きだからと新しい歌劇場の建設に関する事業に手を出したの」


 ユリアがため息を吐き、呆れ顔で私を見る。


「どんな話かと思ったら惚気だなんて」


「関係が良好なようで安心したわ」


 ……惚気。確かにここだけ聞けば惚気に聞こえるだろうけれども。そうではないのだ。


「シュテファン様が私の為に何かして下されば下さるほど、彼を狙う方は増えるだろうし、諦めない者も増えるということよ。令嬢たちに負けない為にも私に出来ることはないのかしら」


 彼女たちに負けたくない。


「先日まで、本気でシュテファン様を狙う令嬢には五年待ってもらえれば解放すると言ってなかったかしら?」


「それはシュテファン様が私を愛さなかった場合よ」


「一年経たずにネリー姉様を愛してらっしゃるものね」


 あれは想定外だったけれど。


「夫の気持ちが信じられないの?」


 ユリアの質問に首を横に振る。


「そうではないの。シュテファン様の気持ちがどうこうではなく、私は相応しくなりたいのよ」


 真面目で、融通が利かなくて、努力を怠らなくて、実は泣き虫。それがシュテファン様だ。

 シュテファン様の気持ちが変わる変わらないは関係ない。私は私の為に努力したい。シュテファン様の為じゃなく。


「難儀ねぇ」


「素直じゃないわ」


「前よりは好ましいのでしょう?」


 姉に聞かれて言葉に詰まる。


「あぁ、やっぱりそうなのね」


 頷く姉。したり顔をする妹。言い返せない私。


「私たちのことなら気にしなくていいのよ。ネリー姉様がしあわせかどうかが重要で、相手はどうでも良いの」


 どうでも良くはないだろう。


「……ときめきなどは、あまりないわよ」


「いいのよ、形なんてものは」


 そうそう、と妹も同意する。


「好きだけれど、そういうものとも言えないというか」


 自分で言いながら、何故私は言い訳をしているのだろうと思う。認めたくない訳ではなくて、本当に分からないのだ。

 シュテファン様のことは好きだ。ずっと夫婦でいられたらと思う。妥協だとかそういうことではなく、そう思っている。

 けれど愛かどうかと言われたら分からない。


「笑顔よ」


「笑顔?」


「シュテファン様の笑顔を見てネリーがどう思うかね」


 説得力があるわね、とにやにやしながら言うユリアの手をアティカがぴしゃりと叩く。


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