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五年で私を愛せなければ離縁してください(旧題 こだわりが謎である)  作者: 黛ちまた


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積み上げるものと新たな刺繍

 軽食を食べ終えた私たちは改めて周囲を見渡す。


「このままここに留まり続けるのですか?」


「本来ならそれが良いのだろうが、天気が崩れたり捜索が難航して夜になってしまったら困るから、少し周辺を探索しようと思うのだが……」


「ご一緒します」


 シュテファン様も森の中を歩くことには慣れていない筈。そんな人が探索に出かけてここに戻ってこれるかは分からない。二人バラバラになるだけだろう。


「不慣れな私たちが別々に行動しても良いことはないからその方が良いだろうが、その格好では歩くのも大変だろう。コルネリアは馬に乗っているといい」


「それならシュテファン様も」


 また暴走された時に私だけ馬に乗っていたなら間違いなく振り落とされるに違いない。

 同じことを考えたのか、シュテファン様も頷く。


「正直に言うと、何処をどう歩いたとしても覚えられる気がしない」


 その言葉に私も頷く。

 そう、分かる者には分かるのだろうけれど、私にはどの木も似通っていて区別がつかない。見れば右の木と左の木は異なると分かっていても覚えられない。これはさきほど見た木だと言われても分からないだろう。

 シュテファン様は髪を結っていたリボンを解くと、木に結び付けた。


「これで出発地点が分かるだろう」


 なるほど。迷ってぐるりと回ってきたならそのリボンで分かるということか。ただ、そうすぐに分かるほど森は小さくない。

 進む先に目印になるものを付けられたなら、捜索に来た人たちも探しやすくなるだろうし、自分たちが迷った時にも良い気がする。

 バスケットの中には姉妹でお揃いにしようと刺繍を施した私用のストールがある。この糸を解けば枝に結びつけられるのではないだろうか。


「刺繍糸を解いて枝に結んでいくのはいかがでしょう」


「確かに目印になるだろうが……折角完成したのだから、別のものを目印にしよう」


 見渡しても、バスケットの中にも目印として使えそうなものはない。


「これは私の分です。疲れて自分の分は手を抜いていたのでやり直せということです、きっと」


 シュテファン様の反応を待たずして糸を切る。布から糸を引き抜く私を見てシュテファン様が慌てる。それから申し訳なさそうな表情になる。


「シュテファン様がリボンを目印にした所為ではありません」


「だが……」


「だがもでももありません。刺繍はまた出来ます」


 ほんの少し間を置いて、シュテファン様は困ったように頷いた。


「……分かった。ありがとう、コルネリア。王都に戻ったら好きなだけ布も糸も買って構わない。なんだったら異国の布も取り寄せる」


 そこまで言って小さく息を吐く。


「あれほど時間をかけたのに、一瞬なのだな」


 その言葉が指しているのはこのストールだけではないような気がした。本人も気付かずに言っているのかも知れないけれど。


「次はもっと上手く刺繍をします。姉妹のよりも美しいものにしようかしら」


 そう言うとシュテファン様が眩しいものを見るように笑った。


「貴女は本当に素敵な人だ」


 素敵な人。

 これまでも褒められてはきたけれど、この褒め方は初めてだった。

 少し呆れてしまうけれど、内心は嬉しい。

 誰からも言われたことがなかった。

 私より素敵な人などこの世にごまんといるだろうが、今の私をシュテファン様が素敵と感じてくれたことは嘘ではないのだろう。だから素直に受け止める。

 褒め言葉を受け取れるようになったのは、特訓の効果かも知れない。


「シュテファン様にかかると私は魅力的な婦人になりますね」


 そう言うとシュテファン様は頷き、「魅力的だ。貴女はどのような時でも前を見る。誰にでも出来ることではない」と笑顔になる。

 それほど前向きな気質ではないと思う。思うこと全てを話している訳ではないから、シュテファン様は私の中の醜い部分に気付いていないだけだろう。それでも嬉しい。


「お褒めいただき光栄ですけれど、私はそんなに殊勝な人間ではありません。シュテファン様だけです、そのようにおっしゃるのは」


 私の言葉を聞いているのか、シュテファン様は微笑むばかりだ。

 



 馬に乗り、目印を付けながら進む。

 ゆっくりと馬は進む。

 こうしていると森に迷い込んだとは思えないほどだ。


「貴女とこうして過ごすのは久しぶりだ」


 そう、それについては言いたいことがある。


「王太子殿下の側近というのは、これほどまでにお忙しいものなのですか? お身体が心配です」


 心配といいつつ鍛錬を推奨している私が言うのもおかしな話だけれど、それについては置いておく。


「あの件で王太子が交代して側近も入れ替えとなっただろう? 私たち側近候補のうち何人かは国政を担う重鎮の子息だった。その父親達が息子の行いの責を取るとして辞任してしまった。

後任となられた方々も手を尽くされているが、やはりこれまでの方々が積み上げた実績や信頼というのは国内外に渡る。全てがなくなったとは言わないが、確実に失ったものはある。それを補うのにこれまで通りとはいかない」


 あれだけの事件が起きて、息子たちを廃嫡したからこれで終わりとはいかないのは分かる。王太子が交代しているのだから。

 本当に男爵令嬢はとんでもないことをしてくれたものだ。既にこの世にいない相手だけれど恨めしく思う。


「時間はかかるだろうが、皆の気持ちは同じだ。元に戻せると信じている」


 どのようなものでもそう。様々なものを要して積み上げたものなのに、なくなるのは一瞬だ。

 けれどシュテファン様が言ったように、全てがなくなった訳ではない。無になる訳ではない。残るものもあるのだ。


「そんな風に思えたのは貴女のお陰だ、コルネリア」


「またそのように褒めて。増長したらどう責任を取って下さるのですか?」


 シュテファン様は笑って「私に甘やかされるというのはどうだろう」と言う。


「解決になっておりません」


「妻を甘やかすのは夫の特権だ。私にだけ増長して欲しい」


「困った方ですね」


 他愛のない会話。本当に久しぶりに感じる。


「シュテファン様、先程の好きな布を求めても良いというお話ですが」


「あぁ、欲しい布があるのか?」


「はい。お許しいただけるのなら」


 ストールへの刺繍もやり直すけれど、シュテファン様のクラヴァットに刺繍を入れたい。


「王都に戻ったら忙しくなりそうです」


 ストールとクラヴァットに刺繍をするのだから。

 ミューエ家の家紋も良いし、繁栄を願う蔦も良い。

 何を刺繍したら喜んでくれるだろうか。

 ちらとシュテファン様の顔を見る。きっとどのような刺繍をしても喜んでくれるだろう。

 そう思うと、胸の中が少しふわりとする。




 刺繍糸を木の枝に結びながらゆっくりと進んでいると、後方から人の声が聞こえた。


「捜索に来て下さった方たちでしょうか」


「多分そうだろう」


 馬の歩みを止め、声のする方を見ていると、声や何かが擦れる音が近付いて来た。


「ミューエ子爵! ご無事ですか!」


「こちらだ! 我らはここにいる!」


 捜索に来た兵士たちはあっという間に私たちの前に現れ、城に無事戻ることが出来た。


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