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遅ればせながらの顔合わせ

 侯爵夫人と顔を合わせる機会は思いの外早くやって来た。夫人からお茶会に誘われたのだ。

 お茶会とは言っても、夫人とシュテファン様の妹のクリスタ様と、私の三人だけの内輪のもの。

 式では簡単な挨拶を交わした程度だったので、このお茶会が顔合わせになるのだろう。返す返すも異例尽くしの婚姻だったと思う。


 ミューエ家は王都に二つの屋敷を持つ。王城に近い場所と、少し離れた場所。王都に二つも屋敷を構えている家は多くない。これだけでミューエ家の財力が分かるというものである。

 シュテファン様も王城に近い屋敷にお住まいだったが、私との婚姻後は中心地ではない屋敷に居を移している。

 中心地にある屋敷は本邸と呼ばれ、シュテファン様と私の住む屋敷は別邸と呼ばれている。


 一緒に暮らし始めて間もないが、食事は欠かさず共にして下さるし、お茶の時間すら一緒にいる。会話も普通にしている。

 私に全く関心を持たないのかと思っていたけれど、話した内容は覚えてくださっている。むしろ私のほうが聞いておきながら忘れていることもある。

 思うに、シュテファン様は例の一件で人目に触れることを苦手に感じるようになったのではないだろうか。

 未婚ならば夜会などへの招待も多いだろうが、今は既婚。それも婚姻して間もないとなれば何かと言い訳も立つ。

 私は決して目立つほうではないけれど、古くからある家の出であるし、姉と妹のことがあって悪目立ちしていた。人前に出るのも好きではない。この辺りもシュテファン様にとって好都合な気がする。


「よく来てくれたわね」


「本日はお招きありがとうございます」


 訪れた私を夫人自ら出迎えてくれた。クリスタ様もご一緒だ。

 案内されたのは庭の四阿ガゼボ。花の咲き乱れる庭園で、別邸の庭とは趣きが全く異なる。


「コルネリアさんには早くお会いして謝罪したいと思っていたの」


 お茶会が始まってすぐの謝罪。

 思い当たることはあるものの、私の予想と異なる可能性もある。黙って夫人の言葉を待つ。


「婚姻の申し入れが突然だったでしょう? 満足な婚約期間も経ず、やりとりもまともにしていないまま婚姻……貴族の婚姻とはとても思えないもので、さぞかしお怒りだろうと思っていたの。本当にごめんなさいね」


 至って常識的な謝罪を受けて安堵する。


「ごめんなさい、お義姉様」


 クリスタ様からも謝罪を受ける。


「滅相もありません。私のような不出来な者を妻に迎えていただき、感謝しております」


 これは嘘偽りなく事実である。私が家柄だけのつまらない女なのは変えようのないことだ。

 シュテファン様との婚約の話が舞い込んだ後、姉はこの話を断っても良いと言った。

 曰く、ミューエ家の跡継ぎがわざわざ可もなく不可もない我が家と縁を繋ぐ必要性がないと。

 金銭的な理由でもなく、異性関係の問題を起こして多くの令嬢に逃げられた訳でもない。確かにあれは大事件だったけれど、シュテファン様の名誉は回復し、王家から正式な謝罪もあり、第二王子の側近として改めて迎えたいという申し出まで受けている。

 言葉は悪いけれど、選り取り見取りのシュテファン様が、これまでなんの接点もなかったコルネリアを選ぶのはおかしい。きっと身分違いなどの秘密の恋人がいるに違いないと言い切った。正論である。けれど私もそう思う。

 そのような存在がいなかったとしても、あまりにも不可解である。絶対に表に出せない理由がある筈だと。

 そんな結婚をするぐらいなら無理に嫁がなくていい。姉として妹をみすみす不幸にさせたくない。

 爵位は姉の夫となる人が名乗るが、実際伯爵家を切り盛りするのは姉である。かと言って家内を取り仕切るのも姉なのだ。家内を取りまとめるのを私に任せたいと言った。

 だから、この結婚が嫌になったら帰って来なさい。

 そう言ってくれた優しい姉。 


「そのように卑下なさる必要はないわ」


「そうです」


「あの子は貴女に失礼なことをしていないかしら?」


「大変よくしていただいております」


 初夜のあの一言以外は本当に。

 私の言葉に夫人がほっと胸を撫で下ろす。


「生涯誰とも婚姻を結ばないと言い続けていたものだから、クリスタに婿を取らせて家を継がせるべきかどうか随分と悩んだものだったのよ」


 侯爵家の存続に関わる話だ。侯爵家の方達からすれば気を揉んだことだろう。

 貴族は血を重んじる。青い血を尊び、守ることを何よりも大事にする。

 それにしても、生涯誰とも婚姻を結ぶおつもりがなかったのに、何故私と……?

 夫人の口ぶりからしても、私を以前から見初めていたという展開ではないのは確定である。


「このようなことをお尋ねするのはよくないのは分かっているのですが……シュテファン様には人には言えない恋人のような存在は……」


 身分違いの令嬢だとか同性といった、秘密の恋人。

 夫人もクリスタ様も首を横に振る。


「お兄様がどなたかに恋心を抱いた姿など見たことがありません。あの令嬢が現れたときですら、お兄様には全く異変がなかったのです」


 ねぇ、とクリスタ様が夫人に同意を求めれば、ため息混じりに夫人も頷く。


「シュテファンだけ何もないものだから、異性を愛せないのではないかと疑われたぐらいなのよ」


 お二人の話が真実なら、身分違いの女性や、同性といった特別な存在はいないことになる。


「あの……何故シュテファン様だけは邪法が効かなかったのですか?」


 その時のことを思い出したのか、クリスタ様は不満そうな顔をする。夫人も首を横に振った。


「お兄様は王家から理由を教えていただいたそうですが、私達には教えてくださらないのです」


「ごめんなさい。コルネリアさんの質問に満足のいく答えが出来なくて心苦しいわ」


 申し訳なさそうな顔をする夫人に、慌てて謝る。


「いえ、私のほうこそ。返答に困るようなことばかりお尋ねして、申し訳ありません」


 ゆるりと首を振ると、夫人はにっこりと微笑んだ。


「こうしてご縁があって家族となったのです。私達は貴女を歓迎していてよ」


「私もずっとお姉様が欲しかったのです。仲良くしてくださいませね」


 柔らかく微笑むクリスタ様は妹とは異なる愛らしさだ。夫人も年齢を感じさせない美しさをお持ちで、同じ空間にいるだけで幸せな気持ちになる程麗しい。


「こちらこそ、不束者ではございますが、侯爵家の恥にならぬよう努めたいと思っております」


 それからは刺繍の話になった。

 シュテファン様がおっしゃっていた通り、夫人は大の刺繍好きで、クリスタ様は苦手だとのことだった。


「お母様は教え方が厳しすぎるのです。お姉様、今度私に教えてくださいませ」


「お義母様とさして変わりはないと思いますが、今度ご一緒しましょう」


「はい」


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