ガーデンパーティー
ガーデンパーティー三日目。
集まった多くの貴族が着飾って庭に集まっている。
シュテファン様からそれぞれの家が用意したものの話は教えてもらっていた。色々と気になるものはあったけれど、今日が一番楽しみだった。
駿馬を多く産出するシャッハマン家が、王太子と王太子妃に献上する馬を連れて来ることになっていた。通常ならばシャッハマン家が選んだ馬が納められるらしいのだけれど、今回は王太子夫妻に選んでもらうらしい。それはそれで面白い試みだと思う。
貴族は香水を好む。馬には刺激が強いからと遠巻きにしか見ることが出来ないとのことだった。沢山の見知らぬ人というのも良くないとのこと。
馬車で馬は見慣れているが、シャッハマン家の駿馬は速いだけでなく美しいと評判だ。ミューエ家にはシャッハマン領の馬はいない。足の速さと体力が自慢で、騎士を務める家が手に入れるのだ。馬に乗れない私には勿体ないので、欲しいなどとは口が裂けても言わない。その馬を近くで見る機会。是非見たい。
距離はあるものの、なるほど美しいと思った。いつも見かける馬よりも逞しく見えるのは気の所為だろうか。
じっと馬を見つめている私にシュテファン様が問う。
「コルネリアは馬もその……好きだったりするのか?」
好きだなどと口走ったらシャッハマン領の馬も手に入れてしまいそうで、慌てて首を横に振る。
滅多に目にすることが出来ないシャッハマン家の馬を見られる機会だからだ、そう伝えようと顔を上げると、シュテファン様が戸惑ったような表情をしていた。
何故そのような表情に? さすがにあの馬は無理だとでも言うのだろうか?
「馬は筋肉質だろう?」
「……シュテファン様って時折残念な人になりますね」
呆れた。
私の言葉にシュテファン様は俯きながら頰を掻く。
「……すまない。何というか、コルネリアのことになると色々考えてしまって……」
だからといって馬の筋肉を私が好むと考えるのは些か突飛だと思う。いや、逞しくて美しいとは思うけれど。
「考える前にお尋ね下さい」
うん、と子供のように頷くシュテファン様を見て、ほっと息を吐く。
良かった、あの馬まで手に入れようと考えていなくて……。
よしんばミューエ家が手に入れたとしても宝の持ち腐れにしかならないだろう。財力があるからといって無用なものを手にしてはいけない。真に必要な人からの恨みを買うかも知れない。
「シャッハマン領の馬程ではないが、ここにも馬はいる。後で乗ってみるか?」
「私、馬には乗れません」
貴族の令嬢の多くは乗馬をしない。
「二人で乗れば良い。私も上手くはないがその辺りを散歩するぐらいには操れる」
令嬢の嗜みとして刺繍が挙げられるように、令息の嗜みとして乗馬がある。
「では、挨拶が済みましたら参りましょう」
会場にいるとシュテファン様の元にひっきりなしに人がやって来る。ミューエ家と親しくなりたい方達だ。妻として当然対応する。それは良いのだけれど、パーティーを取り仕切る者たちまでやって来る。
それぐらい判断つくだろうというものでも来るのだ。実際判断は出来ていても念の為と言ってやって来る。
間違いがあってはならないという不安もあるだろうが、これではシュテファン様が休まらない。このガーデンパーティーには主催者としてではなく、招待客として来ているのに。
だから散歩という名目でこの場から少し離れ、シュテファン様を休ませたい。
「そうしよう」
私の悪巧みに気付いていないシュテファン様は嬉しそうに頷く。
「あまり飲み過ぎないで下さいませ」
「勿論だ」
酔っ払って落馬などしたくない。休養してもらいたいのだから。
私の理想の為にとシュテファン様が努力してくれていることは分かっている。こちらに来ても朝に王太子殿下と鍛錬しているのには驚いた。休むかと思っていたのに。
ミューエ家の人間としてパーティーで他家と交流することは大事。それは外せないことだと分かっているけれど、少しでも良いから休養を取ってもらいたい。
「そうだわ。バスケットに軽食を詰めてもらって、散歩した先でいただきましょう」
「それは名案だ」
シシーに馬の手配と軽食の準備を頼む。
用意が整うまで、今日から参加した招待客に挨拶をすることにした。
準備が整ったと知らせを受け、厩舎に向かう。
パーティーの対応で忙しい中対応させてしまったので、時間がかかったことに文句はない。
厩舎の前に馬と馬子、シシーが待っていた。
馬には二人乗り用の鞍が取り付けられており、シュテファン様が先に乗った。シュテファン様の手に掴まりながら鐙に脚をかけ、上から引っ張ってもらう。そうしてようやく鞍に座ることが出来た。一人では乗ることも出来そうにない。
初めて馬に乗ったけれど、なんという高さだろう。一人で乗ったなら怖かったと思う。
デイドレスの私は横向きに座っている。シュテファン様の腕に囲われるような状態だ。
「奥様、こちらを」
シシーからバスケットを渡される。
「軽食と果物が入っております」
見ると私のストールも隅に入っていた。私がストールを見ているのに気付いたシシーが言った。
「小高い丘は風が吹くと寒いと伺いましたので」
「そうなのね」
さすがシシー。
「では行ってくる」
「行ってらっしゃ」
シシーが見送りの言葉を述べていたとき、コルク栓を抜いた音がすぐ近くでした。
突然の音に驚いた馬が前足を上げる。ぐらりと身体が傾いたのをシュテファン様の身体が支えてくれた。
突然のことに私は声を出すことも出来ない。馬子の驚く声、シシーの悲鳴。それから誰かの叫び声。
シュテファン様が手綱をしっかり掴んで私を支えてくれたので落ちはしなかったものの、馬が突然走り出す。
「奥様!!」
「旦那様!」
シシーたちの叫ぶ声が聞こえたけれど、あっという間に距離が開いて、どんどん声が聞こえなくなっていく。
「舌を噛むから話さない方が良い! 私の背に掴まれ!」
バスケットをシュテファン様と自分の間に挟むようにしてシュテファン様の背に手を伸ばし、強く掴む。
頰に触れる風と身体に伝わる振動で、馬がどれだけ速く走っているのかが分かる。
どれだけ走っただろう。
馬の走る速さが落ち着いてきたように感じた。
口を閉じていろと言われてそうしていたが、状況を知りたい。そろそろ大丈夫なのではないだろうか。
身体をちょっとずらし、周りを確認しようとしたところ、上から声がした。
「大丈夫か? コルネリア」
頷く。
「もう話しても大丈夫だ。馬も落ち着いてきたようだ」
そっと身体を離し、見回す。
周りは木々が立ち並んでいる。森の中のようだ。
「城から森までは真っ直ぐに進んだとは思うが、木々の中を縫うように走って来たからな、方角は不確かだ」
すまない、とシュテファン様が謝る。
「シュテファン様の所為ではありません。それにしても何があったのでしょう? コルク栓を抜く音がした気がするのですが」
あぁ、と頷くと、「ヤコビ男爵だ」とシュテファン様は教えてくれた。
ヤコビ男爵。
初めて聞く家名だ。
「少し前に陞爵した家だから知らなくても無理はない。今回功績を讃えて招待されたのだろう。私に新しい事業の話を持ってきていたのだが、まだどんな人物なのか計りかねていてね。またの機会にと躱していたのだが……まさか追いかけてきて馬の側で栓を抜くとは……」
はぁ、と大きなため息を吐くと、私を見て「私の不手際の所為だ。コルネリア、すまない」と謝ってきた。
「何をおっしゃるのです。どう考えてもそのヤコビ男爵がおかしいと思います。シュテファン様の所為ではありません」
「ありがとう、コルネリアは優しいな」
「いえ、普通です」
シュテファン様にかかるとすぐに慈悲深い人間にされてしまう。
「森を出なくてはならないのだが……大分走ったからな、森の奥まで踏み行ってしまった気がする」
そう言ってシュテファン様は周囲を見渡した。
木々が生い茂り、陽の光も少ししか通さない。風も吹いていない。周囲の木が全部同じに見える。
夜になる前に森を出たい。その上で城を目指すべきだろう。
「夏だから陽の差す時間は長いとは思うし、方向からどの森に入ったのかは分かっている。今現在の方角が分からないのにやみくもに動いて悪戯に迷うのもどうかと思う。捜索隊も来るだろうから」
シシーたちが報告をしてくれているだろう。
「この森は危険ですか?」
「城から遠くない場所にあるぐらいだ。危険は少ないだろう」
それもそうかと納得する。
「では、馬から下りて軽食をいただきませんか」
私の言葉にシュテファン様は目を丸くする。
それから眉尻を下げて、「コルネリアは本当に物怖じしないな。そういう所もとても好ましい」と、しれっと甘い言葉を口にする。
このままここに滞在するにしても動くにしても、空腹は良くない。それに何よりバスケットが嵩張って邪魔なのだ。
普通の令嬢なら怖がって食事など咽喉を通らないと言うだろうが、生憎と細やかな神経は持ち合わせていない。演じるつもりもない。このような私を好ましく感じるシュテファン様はやはり大概だと思う。




