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五年で私を愛せなければ離縁してください(旧題 こだわりが謎である)  作者: 黛ちまた


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避暑地

 ストールの刺繍を無事に完成させた。私の分も含めて。王室が開くパーティーで二人に渡すつもりでいる。

 毎年夏に開かれるガーデンパーティーは避暑地として有名な王室の領地で行われる。

 招待されるのは伯爵以上の家の者。もしくは目ざましい成果を上げている子爵、男爵家。逆に問題を起こした家は伯爵位以上でも招待されない。王室がその家をどう見ているのかの目安となり、社交界では大きな意味合いを持つ。

 王太子殿下やクリスタ様も参加されるし、側近のシュテファン様も同行する。姉夫妻と妹も招待状をもらっているので参加することにした。

 以前も参加したことは何度かあったけれど、婚姻してからは初めてだ。


 大荷物と侍女を伴っての移動になるので大変ではある。けれど貴族にとっては貴重な機会でもある。

 農園などを持つ貴族たちはこぞって己の領地で収穫されたものをこの機に献上する。通常なら夜会を開き、その場に供することで他の貴族に関心を持ってもらうが、王族は余程のことがなければ貴族が開く夜会には参加しない。

 各々の領地の産物を日頃付き合いのない家の者や王族に見てもらえる貴重な場だ。王族に気に入ってもらえれば箔がつく。高く売れるようにもなる。そういった物が多く持ち込まれる夏のガーデンパーティーは品評会さながらである。

 昼と夜それぞれにパーティーが行われるが全てに参加する必要はない。一週間程滞在して付き合いの場を広げる為に尽力する。未婚の者であれば出会いの場ともなる。

 夏の大きな催しである。


 多くの貴族が宿泊する為に部屋数に重点が置かれているからか、王都の城のような美しさはない。けれど避暑地の城はどっしりとした外観で無駄がない。

 来賓の貴族たちにはそれぞれ家事使用人が二人付けられるし、大抵皆侍女や侍従を連れて来るので不便さを感じることは殆どない。


 ガーデンパーティーを終えたらそのまま領地に向かう貴族もいる。ミューエ家は定期的に侯爵夫妻が領地に赴いているので私たちはパーティーを終えたら王都に戻る。次の冬には私もシュテファン様と一緒に領地に行く予定だ。本当はこの春に行く予定だったのだけれど、クリスタ様の婚約、シュテファン様が王太子殿下の側近になったこともあってまだ行けていない。


 領地に対してはそれぞれの家で治め方が異なる。

 リヒツェンハイン家の場合は当主教育を兼ねて父が姉を伴って行っていた。慣れてからは姉一人で赴いていたが、姉夫妻はガーデンパーティーの後夫となったクラウス様と領地に向かうらしい。

 ユリアが嫁いだら両親は領地に住まいを移して姉の支援をする予定と聞いている。さすがに新婚夫婦と未婚の娘で住まわせるつもりはないようだ。


 リヒツェンハイン領の領民たちに会ったことはなかったけれど、領地から戻った姉が私やユリアに話を聞かせてくれた。知っているとはいっても実際目にするものとは乖離があると思う。それでも姉は自分に何かあったら貴女たちのどちらかが家を継ぐのだから知っておきなさいと言った。

 正直に言って両親よりしっかりと家の未来を見据えていたと思うし、危機意識も高かった。そんな姉の代わりを私がやれるとは思えなかったけれども。


「長い時間座り通しだったから疲れただろう」


「疲れはしましたが、以前訪れたときとは比べものになりませんでした」


 王都からここまではミューエ家の馬車ランドーで来たのだけれど、さすがとしか言いようがない馬車だった。あれほど揺れない馬車は初めてだった。

 長距離を移動する際に使われる馬車で、リヒツェンハイン家にはない。それをミューエ家は複数台持っているのだ。さすがの財力である。


「そうか? それなら良かったが、疲れは後からくることもある。休むといい」


「ありがとうございます」


 シシーが淹れてくれたお茶を飲んで寛ぐ。隣に座るシュテファン様は資料を手にしている。

 馬車の中でも私が眠っていたときに読んでいた。目覚めると読むのを止めて相手をしてくれるという律儀さ。


「馬車の中でもずっと見ていらしたけれど、お仕事の書類ですか?」


 休めていないのでは?

 落ち着いたと言っていたのに。王室勤めは名誉を通り越して過酷なのでは。


「これは仕事ではなく、なんというか、個人的なこというか……」


「個人的なこと?」


「新しい歌劇場を建造するという話があったので乗ってみたんだ。その経過報告書を読んでいる」


 シュテファン様は歌劇など興味がなかったと記憶している。私と一緒には観に行っていたけれど。……まさか私の為? それはちょっと自意識過剰過ぎるだろうか。


「その……コルネリアは歌劇が好きなようだったから」


 まさかではなかった。


「歌劇を頻繁に観に行っていただろう? それ程までに好むならと。資本を提供する代わりに好きなだけ歌劇を観ることが出来る権利を得られるというから」


 そう言って目を細めて微笑まれ、申し訳ない気持ちになる。

 頻繁に観ていたのは逞しい男性を目当てにしていたからで、しかももう不要だとはさすがに言えない。素直に言ったらそれはそれで喜んでくれそうな気もするが。

 経過報告ということだったから今更下りることも出来なさそうだし、歌劇は好きだからよしとする。


「その……出過ぎたことだとは思うのですが……怪しいお話ではないのですね?」


 私の心配に気付いたのか、シュテファン様は頷いた。


「それは安心して良い。きちんと調査させたから問題ないのは分かっているから。私の我儘を通すのに話だけ聞いて契約する訳にはいかない。

劇団の衣装に使われる布などもミューエ領の物を使ってもらうよう契約内容に入れている。採算が取れることは確認済みだ」


 ミューエ家に利益が出るようにあれこれ契約を結んでいるということのようだ。私が思い付くことをシュテファン様が気付かない訳はなかったと安堵する。


「完成した暁には、シュテファン様と観に行きたいです」


「楽しみが出来たよ」


 嬉しそうに微笑まれて、胸がきゅんとした。

 そんなに無邪気に喜ばれると、悪い気はしない。というか嬉しく思ってしまう。

 

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