こだわりは大事
ユリアと話していて、より具体的になった自分の好み。
顔立ちは、厳ついよりは優しめの方が良い。
鍛えられた身体の部位──筋肉は程々が良い。
あまりに鍛えられすぎた、筋骨隆々はあまり。
けれどお腹。腹筋は鍛えられ過ぎたぐらいが望ましい。割れていて欲しい。なんなら沢山割れていて欲しい。
「隠れた筋肉質な方が良いの」
呆れながらも私の話に付き合ってくれるユリアは優しいと思う。
シュテファン様に本邸へ移り住むことを提案してひと月。つい先日、本邸に住まいを移し終えた。
生家とも近くなったのもあって、ユリアが会いに来てくれる。
「つまりアレね、脱いだら分かるのね」
我が妹はあけすけな物言いをする。姉妹の前だけなら良いのだけれど、たまに不安になる。
他の令嬢たちの前ではきちんと猫を被れているのかしら?
「まぁ、そうね」
そう、脱がなければ分からないのが残念である。
「ネリー姉様ってば、むっつりすけべだわ」
「失礼ね、違うわよ。ときめく場所がそこだっただけでしょう」
「お義兄様に対してもときめくの?」
「ときめくわよ。素敵だと素直に思うし、お姉様が羨ましいわ」
「分かるような、分からないような」
ユリアが首を傾げる。そんな妹を見て笑ってしまう。
「前に貴女が言ったんでしょう。恋はするものではなく落ちるものだと。その言葉の通りよ。ときめくものを持った相手だからといって恋の相手にはなり得ないってことよ」
納得したのか、頷くユリアに別の話題を振る。
「次の夜会、エスコートしていただく相手は決まったの?」
私たち姉妹はデビュタントボールでは父にエスコートしてもらった。社交界にデビューしたということは、夜会に参加出来るようになる。
婚約者がいればエスコートしてもらい、いなければ夜会は大切な出会いの場となる。勿論、エスコートしてくれる相手は婚約者じゃなくても構わないが、毎回別の相手となると恋多き令嬢と言われかねないし、親族でもないのに特定の相手とばかり出席すれば婚約目前と思われてしまう。
相手は吟味しなくてはならない。
「いくつかお誘いいただいているけれど、見え見えだからお断りしようと思っているの」
「見え見え?」
そうよ、とユリアは言う。
「ネリー姉様は未来の王太子妃のお気に入りで、王太子殿下の側近の妻よ。その妹と姻戚関係になりたいと思う人間はそれなりにいるの」
「そうね。それ自体は悪いことではないけれど、なによりも貴女の気持ちが大事よ。リヒツェンハイン家の為に何かしようと思ってくれるのは嬉しいけれど、私たちは貴女がしあわせを掴むことが一番家の為になると思っているわ」
ユリアを踏み台にしようとする男など言語道断だ。
手に入れる為にがむしゃらになってくれるような人ならば爵位が下でも構わないが。
「分かっているわよ。だからこそ大物を捕まえたいの。私のしあわせを家族みんなにも分けたいの」
「貴女らしいわ」
愛らしく、努力家で、口は少し悪いけれど家族思いの可愛い妹。姉のように共にしあわせを築いていける相手が妹にも現れますように。
ふと、シュテファン様を思い出す。
王城でどのようなことをなさっているのか物知らずな私には分からないけれど、真面目に取り組んでいるのだろう。
王城に近くなって少しは楽になったかと思ったのに、疲労困憊甚だしく、昨日は浴槽に浸かりながら眠ってしまったらしい。食事の量は減ってはいない。増えているような気がする。
一体どれだけ大変なのだろうか、王太子殿下の側近というのは……身体を壊さないか心配でならない。
クリスタ様とお茶会の機会を得たら聞いてみたいと思う。
「ネリー姉様?」
ユリアに声をかけられて我に返る。
「何を考えていたの?」
「シュテファン様のことよ。身体を壊さないかが心配だわ」
「ネリー姉様はシュテファン様のことをどう思っているの? 婚姻相手として悪くないとかそういう表面的なことではなくて」
「もう怒っていないわ」
「許したのね?」
頷く。
「いつまでも相手の過ちを非難し続けるのは良くないと思っていたけれど、頭では分かっていても心がついていかなかったの」
お茶が冷めてしまったから、シシーに新しいお茶を頼む。
「先日二人でお茶をした時に、もう良いって心から思えたの。胸の奥が不思議な程にすっきりしたわ。大丈夫だと自分では思っていても、大丈夫じゃなかったんだって」
「だからなのね。今日のネリー姉様は穏やかな表情をなさっているもの」
思わず自分の頬に手を当ててしまう。
「以前の姉様は何処か諦めているところがあって、簡単に言えば覇気がなかったのよね」
他者から見た自分を改まって聞かされると、居心地が悪い。けれど自分を知る為には知ったほうが良いのだろう。
「ミューエ家に戻ると決めてからずっと、姉様は肩に力が入っていたものね」
しあわせになりたいと思ったのだ。
シュテファン様をぎゃふんと言わせたくて。つまり振り向かせたかった。
意地悪をしてきた令嬢たちにやり返して、認めさせたい。
姉や妹のように正々堂々とぶつかりたいと思った。
欲しいものを手にする為の努力から逃げ続けた己を変えたかった。
駄目だったとしても、姉も妹も私を笑ったりしない。
だから出来たことだと分かっている。
「姉様って意固地なところがあるわよね」
「自覚があるわ」
ちょうど考えていたことを言われて、思わず苦笑してしまう。
「しあわせの為に人を貶める令嬢たちにやり返すのに、私も同じ手を使うのは嫌だったのよ。お姉様がおっしゃるように、私は恋愛小説を読みすぎなのだと思うわ」
ユリアが何度も頷いた。
「主人公は努力してしあわせを手に入れる」
「そう。物語のように上手くいかないと分かっているし、私は女主人公ではないわ。今までほとんどのことを中途半端に投げてきたけれど、今回ばかりは頑張らないといけないって思ったのよ」
ユリアはカップの中を覗くように視線を落とした。
「……ネリー姉様の、そういう所に私もお姉様も助けられたの」
助けられた?
「お姉様にやり込められた方たちからネリー姉様が嫌がらせを受けて、それでも効果がないと分かると今度は私を引っ張り出して姉様に嫌がらせをしたでしょう?」
思い出して僅かに不快な気持ちになったが、過ぎたことだと思い直す。
「それでネリー姉様が少し荒れて、お姉様は自分の行いが私たち二人に影響を及ぼしていることに悩んで……でもある日突然、姉様がまったく気にしなくなって。前と同じように笑顔を見せてくれるようになった。
本当に嬉しかったのよ、私もお姉様も。自分が姉様の立場だったとして、同じようになれるかって聞かれたら即答出来ないわ」
「即答出来なくても、お姉様もユリアも私と同じように気にしなくなったと思うわ」
「そうかしら?」
「そうよ。姉妹だもの」
「そうね」
ユリアはとても嬉しかったようで、にっこりと微笑んだ。
「私、二人の妹で本当に良かった」
その言葉がとても嬉しくて、私も笑顔になる。
「私もよ」




