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五年で私を愛せなければ離縁してください(旧題 こだわりが謎である)  作者: 黛ちまた


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義妹の決意

 クリスタ様からお茶会に誘われた。

 シュテファン様も本邸に用があるとかで、一緒にやって来た。

 わざわざクリスタ様は出迎えて下さる。ミューエ家の方たちは自ら出迎える傾向にある。私もそうすべきか迷う所である。


「……お兄様……いくらお義姉様のことが心配だからと言って、お茶会にまでついてくるのは……」


 呆れた顔をするクリスタ様。もっと言っていただきたい私は頷く。

 シュテファン様は「私は父上に用があるからお茶会には参加しない」と言ったが、何処となく不満そうに見える。


「あら、そうでしたの」


 クリスタ様は私の腕を取ると、冷たい視線をシュテファン様に送る。


「ではね、お兄様」


 何か言いたそうな顔をしているものの、何も言わず、シュテファン様は私を見つめる。

 そんな顔をなさっても、放置しますけれど。

 サロンに向かう廊下を歩きながら、屋敷内に飾られている花の話をする。

 クリスタ様は大の花好きで、本邸の庭は花が咲き乱れている。屋敷のあちこちにも花が飾られ、季節の花を楽しむことが出来る。女主人の好みによって飾られる花など、趣きが変わるものだ。

 私も花は好きなので屋敷内に飾ってもらってはいるが、本邸のような華やかなものではなく、別邸の壁に合わせた淡い色合いの花を選んでいる。


「いつ来ても、本邸は華やかですね」


「見劣りしないようにと華美さを出しているので、お兄様はお嫌みたいです」


 いずれはシュテファン様は本邸に入ることになる。その時私との婚姻が続いていれば、私もここに住む。

 ……自室だけ、落ち着いた色合いにしてもらおう。

 侯爵位を賜るミューエ家は、それに相応しい体裁を整える必要がある。

 実り豊かな領地、鉱山がいくつもある領地、港を持つ領地……複数の土地を束ねるが故にミューエ家の財力は国内でも有名だ。

 サロンに案内され、ソファに腰掛ける。

 廊下とはまた違う花が飾られていた。

 陽の光が部屋の中に差し込むものの、直接当たる訳ではない為、程良い。

 ミューエ家は季節ごとに使うサロンを変えていて、今の季節はこの部屋が一番陽の光が入りやすい。

 すぐにお茶とお菓子が運ばれてきた。別邸とは違うお菓子が並ぶかと思っていたら、同じようなお菓子が並んでいた。


「近頃、お義姉様が召し上がるものにも気を遣ってらっしゃると伺いましたの。お義姉様に気に入っていただけると嬉しいわ」


「まぁ。お気遣いありがとう」


 シシーや家令を通して本邸に伝わっているのだろう。

 息子夫婦が上手くやれているのか、侯爵夫妻が気にしていてもおかしくないし、そうやって伝わる話の中に私のことが混じっていても不思議はない。


「それにしても、本当に」


 クリスタ様は私を見て柔らかく息を吐いた。


「お義姉様の所作はお美しいわ。教えていただきたいくらい」


「お褒めに預かり光栄ですけれど、クリスタ様の所作の方が何倍もお美しいわ」


 ありがとうお義姉様、と言って微笑む義妹は、可愛らしくて、守ってあげたくなる。


「お兄様から私の婚姻について、お義姉様のお耳にも入った頃かと思い、お茶会にお誘い致しましたの」


 私は頷いた。

 シュテファン様を疑う訳ではなく、兄や家族の前では遠慮して本音は言えないのではないかと思った。だからと言ってつい最近家族となったばかりの私に話してくれるとも思わないけれど。


「お義姉様には感謝しております」


「私?」


「お兄様はあの件があってから、婚姻そのものに忌避感を抱いてらっしゃるようでした。側近から外されたこと、友人でもあったエルンスト殿下をお救い出来なかったこと、そういったことが兄から後継者としての気概を奪ったのだと私たちは思っておりましたの」


 なるほどと頷き、お茶を口にする。


「ミューエ家の子は二人。お兄様が後を継がないのであれば私が婿を取ることになります。

……正直に、それは怖かったのです」


 視線を落とし、膝の上の自分の手をじっと見つめるクリスタ様。


「お兄様は、お義姉様となら婚姻を結びたいとおっしゃって……我が家は一も二もなくリヒツェンハイン家に婚姻の申し入れました。

……理由を知って、お兄様が許せなくなりましたが」


 可愛いクリスタ様の眉間にしわが寄る。


「お義姉様が戻って下さって、お兄様が元気を取り戻して……ミューエ家の後継者として行動なさっている姿を目にして、私も侯爵家に生まれた者として、義務を果たさねばと思いました」


 だから、王太子との婚約を受け入れたということなのだろう。


「それに、マリアンネ様に後押しされたのです」


 ……エルンスト殿下の、元婚約者の?


「マリアンネ様を差し置いて私が王太子妃になるなど、あまりに僭越だとお断りしたのです。

程なくしてマリアンネ様からお誘いを受け、二人だけのお茶会をしました」


 その時のことを思い出しているのだろう。クリスタ様が遠くを見つめる。


「私がオリヴァー様との婚約を受け入れたのは、もう一つ理由があるのです」


 理由?


「マリアンネ様はエルンスト殿下をまだ、お慕いしてらっしゃいます」


 禁術で裏切られて、自尊心も恋心もこの上ない程に傷付けられただろうに。どうしてそう思えるのかと不思議に思っていると、クリスタ様の表情が曇った。

 

「……邪法が解けた後、エルンスト殿下はご自身の身体を傷付け始めたのです」


「……え?」


「エルンスト様はマリアンネ様だけにご自身を捧げると誓ってらしたのだそうです。邪法によって狂わされたとは言え、マリアンネ様に酷いことをしたこと、誓いを破ったことが許せなかったのでしょうね」


 何と言っていいのか分からない私を見て、クリスタ様は困ったように笑う。


「マリアンネ様も、始めは自業自得だと思って気になさらなかったようなのです。それぐらい、マリアンネ様も傷付けられてしまいましたから」


 そうだろうと思う。


「間もなくして王室から、殿下に責があるとして婚約解消の申し出がマリアンネ様に届きました。マリアンネ様が受け入れたことはお義姉様もご存知かと思います。

公表されておりませんが、婚約が解消され、オリヴァー殿下が立太子された数日後、エルンスト殿下は部屋の窓から飛び降りたのです」


 衝撃的な内容に、手に持っていたカップを持つ手が震えて、ソーサーとカップがぶつかった。

 持ってはいられないと、カップをテーブルに置く。


「内密にされていたそうですが、マリアンネ様の中に燻る気持ちがおありだったようで、王城内のことを親しくしていた侍女に尋ね、エルンスト殿下のことを知ったのだそうです」


 自分の気持ちを捻じ曲げられて、愛する人と友を傷付けたことを、正気を取り戻した殿下は許せず、清算してから命を断とうとした。

 美談に聞こえるけれど、それは逃げではないのか。

 あぁ、でも、逃げたくなる気持ちも分かる。

 だって、己の気持ちを無視して操られたようなものだ。けれどその時はそれが最善だと思ってしまっているのだ。その苦しさはいかばかりなのだろう。


「それは……」


「お義姉様がおっしゃりたいことは分かります」


 困ったように微笑むクリスタ様の表情から、私と同じように感じていることが伝わる。


「マリアンネ様はエルンスト殿下の側にいたいと考えてらっしゃる。

オリヴァー殿下と私が婚姻を結び、子が生まれたなら、ご自身からエルンスト殿下に求婚するのだとおっしゃっていました。だから婚約して欲しいと。

その時まで気持ちが変わらなかったらと笑ってらっしゃいましたけれど、きっとそうなさると思います」


 クリスタ様は笑顔を私に向けた。

 マリアンネ様がどのような方なのか分からないが、ここまで言わせるだけの芯の強さのようなものをお持ちの方なのだろう。


「南の国の第五王子にミューエ家を奪われるなど、ありえません。見初めたなどただの方便に違いありませんもの。よく使われますでしょう?」


 確かによく聞く言い回しである。


「困ったことにあちらは王子。簡単に断ることなど出来ません」


 けれど王太子の婚約者となれば話は別だ。あちらの国も無理強いは出来なくなる。


「オリヴァー様のご気性は存じ上げております。あの方とならば、夫婦としてやっていけると思えます。ミューエ家の未来の為にも利がありますし。

私の婚約がエルンスト殿下とマリアンネ様の応援になるのならば、嬉しく思います。

あれほど愛し合っていたお二人が、あのまま離れ離れになっていいはずがありません。

どちらか一方でもお気持ちがないのなら、仕方のないことと思えますけれど、二人ともそうではないのです。

結果として駄目だったとしても、マリアンネ様のなさりたいようにさせてあげたい」


 私は頷いた。

 年老いてからなのか、死の間際なのか、過去を悔いるのはあまりにも悲しい。

 あの悲劇はなかったことには出来ない。

 それでも想う気持ちがあるのなら、後悔のないようにしていただきたい。

 お二人の道が分かたれるとしても、マリアンネ様がそうなさりたいと言うのなら、誰も邪魔してくれるなと思う。


「ですから、私は王太子殿下との婚約をお受け致します」


 覚悟を決め、微笑むクリスタ様は強いと思った。


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