自然と、そう思えた
覚悟と言うのもおかしな話なのだが、シュテファン様との婚姻継続を前向きに考えよう、そう思ったのに、シュテファン様に対してそういった感情を抱ける気がしない。
苦手な容姿でもない。むしろ好きな容姿に分類されるはずなのに。
「私の顔に何か付いているか?」
頬に手を当てながら、シュテファン様が聞いてきた。
私がまじまじと見ていたからだろう。
「いいえ、相変わらず整ったお顔立ちだと見ておりました」
褒めたつもりなのだが、シュテファン様は少し困った顔をする。
「不快にさせていないようで良かったよ」
毎日欠かされることなくお茶を共にする。
婚姻当初からよく話をしていたけれど、話す内容が変わったなと感じる。
以前はどんなものが好きか、嫌いか、そういったことをよく聞かれた。今は私の考えてることを聞いてくれる。
社交に出て耳にした話をお茶会で話題として上げると、自分の考えを言う前に私の考えだとか、感じたことを聞くのだ。
「シュテファン様は私の考えをお尋ねになりますね」
「君ならどう感じるのだろうと思うからね。
ミューエ家に関することは最後は私や父が決めるにしても、人の意見は聞いておいて損はない。
周囲は私と同じ男ばかりだ。どうしても意見が偏る。かと言って侍女長たちは立場に応じた発言しか出来ないだろうから。
コルネリアは率直に話してくれるから、見落としてしまいそうなことに気付けたことがあるんだよ」
そう言ってやんわりと微笑む。
お世辞だとしても嬉しくなる。
少しでも役に立てればと思って話すのだ。それを認めてもらえた気持ちになる。取り入れられた内容がほんの僅かでも、やはり嬉しいものだと思う。
シュテファン様が良き領主になると言われているのは、こうして周囲の言葉に耳を傾けてくれるからだ。
何故その考えに至ったのかも聞かれることがある。
そうして様々な意見の中から答えを見つけていく。
簡単なようでいて難しいことだと思うし、多くの人間の話を聞くことは手間のかかることだ。
それでもシュテファン様は止めない。
「何故そこまでして、皆の話に耳を傾けるのですか?」
尋ねると、シュテファン様は手に持ったカップに視線を落とした。
「……あの時、誰も私の話を聞いてくれなかった」
あの事件の話をする時、シュテファン様は悲しそうな顔を、それでいて諦めたような顔をする。
「彼らとは短くない月日を共にしてきたが、そんなものは無意味だった。それについては邪法の所為だからと諦めがついた。
話を聞いてもらおうと他の人間を頼ろうとしても、皆、私から離れて行った。聞いてくれたのは家族と屋敷の者と、領地の者たちだけだった」
だから私も彼らの話を聞くのだ、と言ってシュテファン様は微笑む。
胸がギュッと痛くなった。
全てが終わったように考えてしまいがちだけれど、問題を起こした張本人は処罰されてこの世にはいない。
時間は戻りはしないし、元通りにはならない。
あるべき筈だったものが壊れた。
第二王子が王太子になり、禁術で正気を失っていた方たちは何かしらの処遇を受けた。彼らが望んだ。
「すまない。もう大分自分の中で消化しているつもりなんだが……この話を聞かされるのは貴女にとって苦痛だろう」
軽く頭を下げる夫の姿に、自分の中では終わったこととして扱っていたことに気付く。
終わったように見えているだけで、シュテファン様たちの中では消えない事実としてずっと残り続けているのに。
「……いいえ」
「あれは、エルンスト殿下を始めとした私たちの人生を壊した。考えも、何もかもを変えてしまった」
手に持っていたカップをテーブルに置く。私もテーブルに置いた。話に集中して落としてしまいそうだったから。
「当たり前だと思っていたものが何一つ当たり前ではなく、信じていたものが信じられなくなり、誰もが敵に見えた。
人が変わってしまった殿下や友人たちにいくら訴えても無駄で……マリアンネ嬢も疲弊していった。
王家も対処はしていたが、効果はなかった。
私が殿下の側近から外された途端に、私は一人になった。婚約も解消されてしまったからね」
……アンドレア様を叩き返しておけば良かった。
最も助けを必要としていた時にシュテファン様を捨てておいて、恥知らずにも再び婚約を結ぼうとしたのだから。
アンドレア様と言えば、抵抗の甲斐なく嫁がされたと聞いている。反省してくだされば良いけれど、なさらないでしょうね、きっと。
「家族と、屋敷の者と、領地の者だけが最後まで私の話を聞いてくれたし、信じてくれた。その恩に報いたい」
それは私でもそうする。私が家族を大切に思うように、シュテファン様にとってもそうなのだ。
「シュテファン様がそうなさりたいのならば止めませんが、それによって身動きが取れなくなるような状況はお避け下さい」
勿論だと笑顔で答えるシュテファン様を見て、恋心は抱けずとも、やっていけると思った。
上達なさいましたね、と姉の侍女が言った。妹の侍女もその隣で微笑んでいる。
いつも注意ばかりの侍女からこんな言葉をもらえるなんて……。
「今後はシシーたちコルネリア様付きの侍女が私たちの代わりを務めます」
シシーがにっこりと微笑んだ。なんとなく、怖い。
けれど、目も当てられない状態からは脱することが出来たから、シシーに引き継ぐのだろうと思う。
姉たちにとっても大切な存在である侍女を、長らく借りてしまったことを申し訳なく思う。
「これまでありがとう。お姉様とユリアによろしく伝えてちょうだい」
二人は揃って頭を下げた。
支度は済んでいたようで、挨拶を終えるとすぐに二人はリヒツェンハイン家に帰って行った。
改めてアティカとユリアにはお礼をしなくては。
「シシー、これからよろしく頼むわね」
「はい。お二人からコルネリア様の子供の頃からの癖ですとか、様々なことも教えていただきました。これまで以上にしっかりとお仕え致します」
子供の頃からの癖……聞かなかったことにしよう。
侍女が去ったことはシュテファン様の耳にすぐ届いたようで、十分な礼をしようと言ってくれた。自分でしますと遠慮したのだけれど、妻の魅力を磨く手助けをしてもらったのだから、夫がすべきだと言って聞いてくれなかった。
……が、少し嬉しい。
妻と呼ばれることが嬉しい自分に気付いた。




