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五年で私を愛せなければ離縁してください(旧題 こだわりが謎である)  作者: 黛ちまた


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恋とは意識してするものではない、落ちるものだ

 姉や妹、クリスタ様、お義母様の力を借りながらではあるが、社交界に戻りつつある。

 シュテファン様は心配しているが、屋敷に閉じこもっていては私の目標が達成出来ない。

 もう一つの目標。

 令嬢たちにあっと言わせる。

 我ながら何故そんなことにこだわったのかは不明だが、私の矜持は刺激されたのだ。

 やられっぱなしにはならないぞ、と。

 特訓を始めてから二ヶ月程が経った。まだまだ目指している淑女像には遠いが、身体が変わった。

 シシーたちの協力あったればこそだが、さほど細さは変わらないものの、引き締まっていく身体付きや、肌や髪の滑らかさは目に見えて分かる。

 同じドレスを着ているにも関わらず、以前と違うと、鏡に映る自分を見て思うのだ。

 指先まで神経を張り巡らせるように、とはアティカの侍女からの指導なのだが、指先に意識を向けると、自然と背が伸びる。俯く頻度も減ってきたように思う。……前よりは。

 相変わらず笑えていないようだが、ユリアから目を細めて口角を上げて、と言われてからそうするようにしている。笑っているように見えるとのことなので、ひとまずよしとする。

 特訓生活に慣れるまでは後悔ばかりしていたが、己の変化が目に見えてくると、気持ちがころりと変わった。

 なんと単純なとも思うが、私でもいくらかなりと美しくなれるのだという事実は、間違いなく私に自信を与えたし、見た目ばかり飾っているように思えた令嬢たちの苦労も知れて、本当に良かったと思うのだ。

 だからと言って彼女たちに感謝はしないし、やられたことは忘れないが、気持ちの折り合いがついたというのか。

 私は頭の良い姉と美貌の妹に挟まれた自分を、自分自身で型にはめていたのだと思う。

 これでも努力したけれど駄目だった可哀想な自分に、酔っていたとまでは言わないが、自分に言い訳をしていたと今なら思う。

 思う以上に私の内面は拗れていたことを知った。



 

 今日は『紅の蝶』を姉妹で観に来た。

 先日はまったく集中出来なくて楽しめなかったから、もう一度観たいとお願いしたのだ……。

 チケットは取れたものの、シュテファン様は外せない予定があった為、姉妹で行って来てはどうかと提案された。

 今回は物語に集中出来そうである。嬉しい。


「ネリー姉様、所作が美しくなられたと噂よ」


 まだまだ癖は残っている。俯いてしまう癖については、せめて顔の位置はそのままに、視線だけ落として下さいと言われた。そうするように意識していたら、それが却って奥ゆかしいと言われるようになった。


「美については大分詳しくなったと思っていたのだけれど、ネリー姉様を通してお姉様から教えていただくことが多くて、私にとっても良かったわ」


 微笑むユリアに、満足気に姉が頷く。


「家格が上の方を望むなら、必須ね」


 姉は頭でっかちで女らしくないと言われたことに怒り、所作の美しさを徹底的に研究したのだそうだ。

 言われてみれば、学院に在学中、姉の所作は格段に美しくなり、お褒めの言葉を多くかけられていたように思う。


「お姉様、そろそろお相手を教えて下さっても良いのではなくて? お話は進んでいるのでしょう?」


「そのことだけれど」


 次の言葉を待つ。


「来月、帰国なさったら正式に婚約するわ」


 帰国と聞いて、留学している各家の令息を思い浮かべる。お姉様と繋がりのありそうな年頃の、留学なさっている方……。


「ハース子爵家のご次男 クラウス様よ」


 クラウス・フォン・ハース様。確か年は姉の一つ上だったように記憶している。


「学院で接点がお有りだったの?」


「一度だけね」


 一度?

 ユリアなら何か知っているかと顔を見るが、首を横に振る。


「私が女の癖にと言われていたのを覚えているかしら?」


 勿論、と私とユリアは答えた。


「今の私ならあの時よりは上手く対応出来るとは思うけれど、まだ幼かった私には自分の気持ちすら上手く御せなかったの。悔しくて、庭の木陰で泣いたことがあったのよ、一度だけ」


 思い出しながら話しているのだろう。少し遠い先を見つめながら話す。


「クラウス様に見つかって」


 恋の予感、とわくわくしている私たちを見て、姉は苦笑いした。


「そんな良いものじゃないのよ。

隠れて泣くぐらいなら言い返せ。ただ、戦場で同じことをやれば殺されるぞ。力に力で返すだけが戦い方じゃない、と言われたのよ」


 令嬢を慰めるのにそれはどうなのかと思い、隣の妹の顔を見ると、ユリアも呆れた顔をしていた。


「それで己を変えようと?」


 そうよ、と頷く姉。


「同じ立ち位置にいると同じ程度の人間になるのだと気付いたの。頭では分かっているつもりでも、感情では理解出来ていなかったのね」


 それで所作を磨き、相手にしないようにしたと。

 けれど彼らの溜飲は下がらず、私が標的になったと。私も彼らを満足させるような態度は取らなかったし。


「あの方は卒業後、隣国に留学なさったのだけれど、隣国の王子を案内する為に一時帰国なさったの。

王子を歓待する夜会で再会してから、手紙のやり取りをしていたのよ」


 親交を深め、婚約に至ったと。


「言葉の選択としては物騒だけれど、お姉様の救いになったのね、クラウス様のお言葉は」


「そうね」


 頷いて微笑んだ姉の表情はとても柔らかくて、二人の関係が良いものだというのが見て取れる。

 どのような方かは分からない部分が多いけれど、芯のある方のように思う。姉を支えてくれそうだ。


「ネリー、シュテファン様はどう?」


 姉に問われる。


「お優しいわ。以前もお優しかったけれど、今は私への、愛情もあるからなのか、よりお優しいの」


 己のしたことを認め、謝罪し、以前よりも優しく接して下さる。

 私に向けられるあの眼差しは、確かに愛情なのだろうと思う。不快ではないけれど、私は返すものがない。

 このような状況でシュテファン様は疲れないのだろうか。報われない状況というのは、簡単に人の心を蝕む。


「シュテファン様のご容姿は申し分なく、家格も高く、ご本人の努力もあってミューエ家の領内は大きな問題もないわ。良き領主になるだろうと誰もが言っているし、そうなるだろうと思うの」


 姉と妹は頷く。


「普通の令嬢であれば、もう全て許して恋に落ちていてもおかしくないと思うの」


 許す許さないで言うならば、許したことになるのだろう。

 彼は心から己の発言を恥じ、反省している。それは分かる。なかったことにしたいだろうに。


「仕方ないのではなくて?」


 ユリアが言う。


「恋なんて、落ちたいと思って落ちるものではないもの」


 数々の男性を虜にする妹の言葉は重みがあった。

 

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