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五年で私を愛せなければ離縁してください(旧題 こだわりが謎である)  作者: 黛ちまた


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指南書は恋愛小説?

 話し合いから数日後、私はミューエ家の別邸に戻った。

 ふた月ぶりだ。

 シュテファン様がリヒツェンハイン家まで迎えに来ようとするのは止めたが、出迎えは絶対にすると言われてしまったので、受け入れる。


「戻ってきてくれて、ありがとう」


 泣きそうな顔をするシュテファン様に苦笑してしまった。

 差し出された手に自分の手を重ねて、部屋までエスコートしてもらう。前もそうだったけれど、より丁寧というのか、私の一歩一歩に合わせて下さっているのが分かる。

 部屋は私が出て行ったときのまま。花瓶には私の好きな花が飾られていた。

 ソファに腰掛けた私の隣にシュテファン様が座る。


「お茶を用意させているから、少し待っていてくれ」


「えぇ」


 間もなくして侍女がティーセットとお菓子をのせたワゴンと共に部屋に入ってきた。

 焼きたてなのか、甘い香りが部屋の中に広がる。


「コルネリアが戻る頃に合わせて焼かせたんだ」


「まぁ」


 色鮮やかな紅茶と、焼き菓子ののった皿が置かれる。

 林檎がぎっしりと詰まったアップルパイだった。パイ生地はツヤツヤして、なんとも食欲をそそる色と香りがする。とても美味しそう。

 フォークを手にしたシュテファン様が、パイを私の口元に運ぶ。


「……何をなさってらっしゃるの?」


「コルネリアにパイを食べさせようと思って」


 真剣な顔で言われてしまった。


「……自分で食べさせて下さい」


「しかし」


「自分で食べます」


 フォークをシュテファン様の手から奪う。


「駄目だろうか?」


「何故そのようなことをなさろうと?」


「書いてあったからな」


 書いてあった?


「貴女は私に愛されることを望むと言っただろう? 私なりに愛されるということを調べようと思った」


 調べる時点で既におかしいのだけれど、気付いていない。けれど向き合って下さろうとしてる点は素直に喜ぶべきことだ、きっと。

 そもそも、愛して下さいとお願いして愛してもらうものではないのだから。


「貴女が好んで読む恋愛小説では、愛し合う男女が菓子を食べさせ合う場面があるだろう?」


 あれを参考にしたと……?!


「小説の真似をして下さいとお願いしたのではありません。私を愛して下さいと申し上げました」


 姉のお勉強は出来るけれど、という言葉が頭をよぎる。


「食べさせる場面を読んだ際に、コルネリアにやってみたいと思ったんだが、難しいものだ」


 息を吐くと、シュテファン様はアップルパイを食べ始める。


「酸味があって甘過ぎず、食べやすいな」


「……甘いものはあまりお召し上がりにならなかったと記憶しているのですが」


 私に食べさせる為に用意して下さることはあったけれど、ご自身はお茶を飲んでお菓子に手を伸ばすことはなかった。


「貴女が好きなものや、気持ちを理解したいと思ったんだ」


 なるほど。それはなかなか良い回答だと思います、シュテファン様。ただ、それがお菓子というのはやはり何処かズレていると思います。


「菓子が甘いと濃い目の茶が美味しく感じられるのだな。知らなかった」


 そう言って目を細めて笑うが、頰がうっすら痩けているので微妙に痛々しい。




 シュテファン様が部屋を出て行った後、侍女にお菓子は甘さを控えめにするようにと言っておく。

 ズレたシュテファン様は今後も私とお茶をご一緒なさるのだろうし、無理をしてでも甘いお菓子を食べそうで……。それにユリアからも甘いものを食べる際の注意点を聞かされている。

 美しい身体になる為には甘いものは控えたほうが良いが、我慢は心に良くない。食べるにしても甘さ控えめのものやフルーツが多めのものを食べるようにと指南を受けた。


「奥様がお戻りになられて、安堵いたしました」


 そう言って笑顔を見せるのは、あのお茶会の日に私に付き添った侍女 シシーだ。


「このままでは旦那様が衰弱死してしまうのではないかと……」


「妻に逃げられた程度で衰弱していては、侯爵など務まりませんよ」


 私の言葉にシシーは困ったように笑う。


「奥様は旦那様に愛されることをお望みなのですね」


 先程の遣り取りを、部屋の隅に控えていたシシーは見聞きしている。


「"憎まれる"、"愛される"、"存在すら気にされない"。いずれかを選べと言われたら貴女はどれを選ぶ?」


「……愛されることを選びます」


「そういうことよ」


 あの言葉の意味は、私の存在はシュテファン様の心を動かさないということだった。これまでが"存在すら気にされない"だったのだから、残り二つのうちどちらかを選ぶとするなら、好かれるほうを選ぶ。それだけのこと。何も好き好んで嫌われたい者などいない。

 愛して欲しいとお願いし、努力すると答えてなんとかなるものではない。

 そのぐらいシュテファン様も分かって……いると思いたい。先程の遣り取りを思い出すと、自信はない。

 シュテファン様のことはさておいて、私は私を磨く。

 前から思っていたのだけれど、と前置きをしてからユリアから言われた内容は私の心に刺さった。

 まず姿勢。悪いわけではないけれど、すぐに俯いてしまう癖を直したほうが良い。前を見て、胸を張って!

 好きなものを一段高い場所に置くのも良いわよ、と言われたので、花瓶の場所を変えてもらうことにした。

 次に、笑顔と、柔らかい雰囲気を心がけること。

 相手に胸の内を読まれない為に表情を変えないようにとは言っても、仮面のように無表情でいろという意味ではないのだから、と。

 平常心を心掛けているし、必要に応じて笑っているつもりなのだが、笑顔が硬いとかではなく、無表情らしい。そんなつもりはなく、笑っているつもりだった。

 歩き方は問題ないと思うわ、隙がないくらいよ、と言われたけれど、褒められた感じはしない。

 改めて第三者の目を通して見た私は残念な部類に入る。こんな私にシュテファン様はよくあんなに優しくしてくれたなと思うが、心動かされない存在だから平常心でいられ、優しく出来たのかとも思うと、正直に悔しい。

 そう、悔しい。

 愛されなくとも、少しは心を乱してみたい。心を乱す存在ではなかった妻にハラハラさせられるという状況を作りたいのだ。

 その為にも、どれだけ耳が痛くなる言葉を姉や妹から言われても、それで私が良い方向に変わる為なら否やはない。


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