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突然の婚約と婚姻

不定期更新です。

よろしくお願いします。



 夫婦になって初めての夜。

 婚約期間は数ヶ月。貴族同士の婚姻としては異例な短さだった。

 その間に顔を合わせたこともなく。手紙のやりとりもなく。

 ようやく顔を合わせたのは婚姻を結ぶ式当日。

 家族や友人が多くいて話も出来なかった。

 初めて声を聞いたのは、婚姻式での誓いの言葉の時。

 

 二人きりになった部屋で、夫となった人が言った。 

 

 

「申し訳ないが、貴女を愛することはない」







*****






 

 三姉妹の真ん中に生まれた私──コルネリア・フォン・リヒツェンハインは、上から奪われ、下に分け与えた令嬢と言われている。

 長女は母親から頭脳に関する才能を全て受け取り、妹の分を残しておかなかった。

 そう表現される程に姉は頭が良い。両親は姉が男に生まれてくれればと嘆いていた。賢さは男でも女でも必要だけれど、男性優位なこの世界では性別による立場の差は大きい。

 次女は美貌を母親の胎に置いて生まれ、二人分の美貌を持って生まれた三女は愛らしいと評判だ。確かにあの子は可愛いし、自身の美貌とその活かし方をよく分かっていると思う。

 要するに、私は特筆すべきものを持たない平凡な令嬢である、という事だ。


 姉が婿を取って家を継ぐのは確定事項であり、その事に異論はない。むしろ姉ならば安心して任せられると言うものである。

 妹はその美貌を活かしてリヒツェンハイン家に利のある家に嫁いでもらいたい。任せて、と力強い言葉を本人も口にしているので大いに期待している。

 残るは次女の私。何もない私だけれど、分別は持っている。私のような平凡な人間を欲しがる者はいない。

 せめて我がリヒツェンハイン家に潤沢な資金があるとか、商会を抱えているといった分かりやすいものがあれば良かったのだけれど、そんなものは無い。

 だからと言って修道院に入るのも多額の寄付金が必要となる。

 独り身でも大丈夫なように身を立てる手段をと考えてはいるものの、なかなかに難しい。

 家庭教師ガバネスになるか王宮勤めの侍女となるか──ここにきて名ばかりの爵位が邪魔をする。

 リヒツェンハイン家はこれでも伯爵位を賜る家なのだ。王太子妃や王女の話し相手などを務めるならまだしも、身の回りの世話をする侍女になるには家格が高すぎる。そうなると家庭教師という話になる。姉ならばまだしも、私の学院での成績は普通。マナーも並の評価しかもらったことがない。そんな私が家庭教師になるのは難しい。

 実に悩ましい。

 学院卒業までに何かしらの道筋をと思っていたのに、何も掴めないままに卒業してしまった。







 母の代わりに孤児院を慰問して屋敷タウンハウスに戻ると、父から呼び出された。

 何の話をされるのか分からないけれど、楽しい話ではないだろう。

 父も私の婚姻相手を探してくれていた。残念ながら見つからなかったけれど。

 私自身も努力してみたけれど、力のある家や魅力的な容姿を持つ令嬢が多くいるのだ。私のような取るに足らない者を選ぶはずもない。

 修道院も家庭教師も侍女も駄目ならば、年齢差のある相手の後妻に入るしかない。それすら相手のある話だ。後妻には家の利益に関係ない相手を探す人物も多い。そうなるとまた、私のようなものはあぶれてしまう。

 どうしろと言うのか。

 そんなことを考えながら、父の待つサロンに足を踏み入れる。

 険しい表情をしているだろうと思っていたのに、笑顔の父に迎えられて拍子抜けする。父の隣に座る母も笑顔だった。両親がこのように笑みを浮かべているのを見るのは久しぶりな気がする。


「……お呼びですか、お父様」


「そこにお座り」


「はい」


 父の正面の椅子ソファに腰掛ける。父の機嫌の良さの正体が分からず、落ち着かない気持ちになる。


「喜びなさい。おまえの婚約が決まった」


 私の婚約……?

 あまりにそればかり考えていた所為で、遂に幻聴が聞こえるようになってしまったのかと、己の精神状態が不安になってくる。


「私の婚約にございますか?」


 そうだ、と答えた父をじっと見つめる。もしや、詐欺紛いのおかしな話ではあるまいな?


「おまえがそのように不安に思うのも無理はない。けれどれっきとしたお相手だ。安心なさい」


 父の隣に座る母が「素晴らしいお相手よ」と言う。

 素晴らしい方が私と婚約したいと? そんな私に都合良い話があるだろうか。


「ミューエ家のシュテファン殿だ」


 大物の名前が出てきて思考が止まりかけた。


「……申し訳ありません、もう一度相手のお名前を」


「シュテファン・オーゲン・ミューエ殿だ。二つ年上とはいえ、同時期に学院にいたこともあるのだから知っているだろう?」


「知っておりますとも。知っているからこそ不思議なのではないですか!」


 思わず声を荒げてしまったけれど、信じられるはずもない。

 

 シュテファン・オーゲン・ミューエ様。ミューエ侯爵家の嫡男。王太子殿下の側近候補だった方だ。

 幼馴染みでもあった殿下とシュテファン様は、忠誠心だけでなく友情でも結ばれていると言われていた。

 関係が壊れたのは、王太子殿下が一人の女子生徒に夢中になってからと聞いている。

 高位貴族の令息達がマナーも覚束ない男爵令嬢にのめり込む様は異様で、学園でも問題視された。

 私も級友も、その異常さを目の当たりにした時は言葉にならなかった。

 男爵令嬢の振る舞いはとても貴族の令嬢のものとは思えなかった。平民として暮らしていたところを父である男爵に引き取られたとは聞いていた。

 入学したてならまだしも、最終学年になってもまだ平民と同じ振る舞いをしているなんて信じられなかったのだ。

 男爵家は、他の令嬢よりもマナーなどにおいて遅れを取っている娘に家庭教師ガバネスも付けてあげないのかと。

 けれど、マナーのことで他の令嬢から嫌がらせを受けたと殿下達に泣きついたと聞き、そうではないのだと知った。自分の無作法を利用しているのだと。

 異性の身体に触れたり、婚約者のいる方を愛称で呼んだり……かつて読んだ本に書かれた場末の娼婦と同じ行動を取る彼女は、淑女には程遠かった。

  

 殿下や他の側近候補達が軒並み令嬢に傾倒する中で、シュテファン様だけはそうならなかった。

 正気を失ったとしか思えない級友と主を元に戻そうと東奔西走したという。

 結果は捗々しくなく、苦言を呈するシュテファン様を厭うた殿下が側近候補から外してしまう。

 シュテファン様の評価は下がった。何も知らない者達は主君を諌められないとは情けないと陰口を叩き、これを機に自分の息子を側近に召し上げてもらおうと動いた貴族達も少なくなかったとか。

 王家とミューエ家の繋がりをよく思っていなかった者達がよってたかってシュテファン様を叩いた。

 貴族とはそういうものだと知っていても、不愉快極まりない。

 

 陛下や王妃様も殿下を止める為に色々なさったと聞く。各家の当主達も。

 注意をしても、後継者としての立場を奪うと脅しても、泣いても喚いても通じない。

 そうこうしてる間にシュテファン様が側近候補から外されて、殿下達を屋敷に閉じ込めるなどして物理的に引き離すことにしたらしい。けれどこれは上手くいかなかった。あの手この手で逃げ出し、男爵令嬢に会いに行ってしまったのだとか。

 縄で縛り付けておけば良いのではないかと思ったが、それは実施済みだったようだ。

 それならば学院で会わせておいた方が良いとの結論に達したようで、護衛を付けて間違いを犯さないように徹底したらしい。

 当然男爵家には王家から娘を何とかするようにとの命が下り、このままでは家が取り潰しになってしまうと慌てて対応した結果、魅了という邪法を使っていたことが発覚。

 魅了をかけたものの、解呪の方法が分からないと無責任な発言をしたとかなんとか。

 私の元に届くまでに多くの人間を経ているから、かなり脚色はされているだろうと思う。

 間違いないことは、男爵令嬢は魅了という邪法でもって王太子殿下や側近候補達を篭絡したこと。その罪を贖う為に処刑されたこと。男爵家一家は全員内乱罪で処刑されたこと。

 令嬢が絶命するとすぐに殿下達が正気を取り戻したこと──。


 シュテファン様に魅了が効かなかった理由は機密事項として明かされていない。

 殿下は王太子の座を辞し、婚約者であった令嬢との婚約は王家側の過失として解消された。

 側近候補達もそれぞれ後継者としての立場を放棄した。

 ……男爵令嬢によって多くの人達の人生が狂った。


 一連の騒動が落ち着くと、第二王子が立太子され、シュテファン様はその側近にと乞われたらしい。

 王家からすれば邪法にかからずに主を救おうとした忠臣。手放したくない気持ちは分かる。

 けれどシュテファン様は辞退した。

 殿下から側近候補を外されて、婚約者にも捨てられたシュテファン様だったが、多くの家が娘を嫁がせたい相手に必ず名が挙がる。現金なものだと思う。

 そのシュテファン様と、私が婚約──?







 政略結婚をするにしてもミューエ家に利点がなく、不思議な婚姻だとは思っていた。

 貴族の娘として生まれておきながら家の為に何も出来ない自分を不甲斐なく思っていたのだ。ミューエ家との婚姻はリヒツェンハイン家の利しかない。当然嫁ぐのに否やはなかった。

 むしろ私が選ばれた理由が想像も付かなかった。実は前から好意を、などと言われても信じない。

 なのでシュテファン様の宣言は、私の中でしっくりくるものがあった。


「分かりました」

 

 私の答えにシュテファン様はほっとしたのか、軽く息を吐く。

 

「私に求められることは何でしょうか? 今はまだ隠しておきたい恋人の為の偽装結婚でしょうか?」

 

 愛されなくても構わないけれど、今後の身の処し方というものがある。

 いずれ離縁されるにしてもそれまでは侯爵夫人として生きねばならない。その際に与えられる権限はあるのか? 夜会やお茶会への出席といった社交、孤児院などへの社会への貢献活動、女主人とは存外なすべきことが多い。それらを何処まですべきなのかを確認したかった。

 

 シュテファン様の顔が曇る。

 率直に聞きすぎただろうか? けれど曖昧な言葉にして齟齬があってはいけない。

 ここはしっかりと確認すべきところだと思う。


「そんな相手はいない」

 

 恋人はいない。

 では他に理由が?

 

 痛むのかこめかみに手をやると、「話はまた明日以降にしよう」とおっしゃる。

 

 朝から晩まで婚姻の式やらパーティーやらで主役のシュテファン様は大変そうだった。

 私は隣で微笑んでいるだけだったが。

 いや、それはそれで大変ではあった。いつも以上にきつく締められたコルセットの所為で息苦しかったし。

 

 部屋を出ていかれるのかと思いきや、シュテファン様は寝台に腰掛ける。

 出ていくべきなのは私だろうかと考えていると、「何をしている? こちらに来なさい」と言われてしまった。

 仕方なしに私も寝台に座る。

 同衾して、何処かに短刀ナイフで傷をつけ、初夜が恙無く行われたと偽装でもするのだろうか。

 その場合どっちが傷を……?

 灯りが消された。

 ……よく分からない。

 横になったら急に眠気が襲ってきた。

 とりあえず話は明日とシュテファン様もおっしゃっていたし、明日……。


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