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08.侍女が見たもの(2)

「ええそうです。どうかしましたか」

「遣いにやった侍女に、アンジェリカ様がお越しになったら応接室へ案内するよう言ったのですが……居なくて」


 ハンカチで汗を拭きながらブライス家の侍女は捲し立てる。


「入れ違いになったのではないでしょうか。さっき、アンジェリカお嬢さまは案内の方と一緒に入っていきましたよ」

「あぁ! そうだったらいいんですけど……もしベネディクト様のお部屋に案内していたら。あそこは今お取り込み中なのに……!!! クビになってしまうわ」

「待って、お取り込み中って何? 誰かいるの?」


 不穏な言葉を聞き取った。ドクンドクンと心臓が大きく鼓動する。


(まさか……いや、そんなことをする御方ではないはずよ)


 だが、エディスの予感は当たってしまった。


「そりゃあいますよ! だから私達はアンジェリカ様が約束の時間より早く来たら応接室にって!」


 侍女は自分が言ってはいけないことを口にしているのに気が付かず、ペラペラと暴露する。


「ベネディクト様はアンジェリカ様との約束を忘れているようでしたし! もうっ! だーれも約束のことを教えないから、ギリギリの時間まで他の女にうつつを抜かし────あっ」


 口元を押さえるが時すでに遅し。エディスはブライス家の事情を把握した。

 秘匿事項を口走った侍女は、さぁぁぁっと青ざめる。


 エディスは我慢ならずに胸元を掴んだ。


「今の話詳しく話してもらえないでしょうか」


 過去一番語気が強かった自覚がある。胸元を掴まれた侍女は抵抗する気もないようで、こくこくと頷いた。


 エディスは彼女から全てを聞いた。


 頻繁に、隠れるように、ブライス家を訪ねてくる令嬢がいること。

 到着するとベネディクトに会い、恋人のように過ごすか、外に出掛けに行くこと。

 当たり前だがアンジェリカとは別の令嬢であること。


 そして────


 御相手は、金髪で空色の瞳を持つアンジェリカの友人『ソフィア・ヴェ・アバンジュール』だということ。

 

 エディスは怒りによって震えていた。


(お嬢さまは、ずっと、ベネディクト様のことを慕っておられたのに……!!!)


 アンジェリカ自身に自覚はないようだが、他人から見たら疑いようもなかった。


(しかも相手がお嬢さまの御友人……いや、こんなことをする人は友人ではないわ。屑! よ!)


 エディスにとって、アンジェリカは娘のような、妹のような人物だった。


 アンジェリカが物心つく頃から傍に仕えていたし、「エディ」と初めて名前を呼ばれた日を昨日の事のように覚えている。


 彼女のためなら命を落としてもいい、そのように考えられるくらい大切で、愛しい存在。

 今のエディスの幸せは、アンジェリカが毎日笑って暮らせる幸せな人生の手伝いをすること。


 だから──許せない、そう思った。


 そして両者とも地獄に落ちろ、そう願った。


 この瞬間から、エディスの中でベネディクトとソフィアはゴミ以下の人間になったのだった。


「ありがとうございます。感謝します」


 凍りつき、低くなった声で礼を言えば、ブライス家の侍女は逃げるように去っていった。


 彼女のことをエディスは気にしている時間もなかった。

 早くこの件を旦那さまと奥さまに報告しないといけなかったから。


 持っていた紙切れに今聞いたことを簡潔に書き、御者に渡した。


「即刻ウォーレン邸に帰って。緊急の案件だとそのまま直接奥さまにお渡しして」

「おお、なんか急に……雰囲気変わったなぁ」

「無駄口叩いてないで早く」

「わかったわかった。確かに受け取ったよ」


 馬車が動き出し、エディスはブライス邸の中に入った。


(何だか騒がしいわね)


 エディスは決めていた。

 一刻も早くこの邸宅からアンジェリカを連れて帰ると。


「すみません。アンジェリカ様がどこに行かれたか知ってる?」


 エディスはブライス家の侍女に見えるようにしながら尋ねた。

 声をかけられた侍女は一瞬キョトンとし、答えてくれる。


「……それが大変なのよ! 新人の子がベネディクト様の部屋に案内してしまって────あっちょっとどこに!?」


 エディスは話が終わる前に駆け出した。

 ベネディクトの部屋はエディスも何度も付き添いで来たから知っている。一目散にそこへ向かう。


(せめて、見てませんように。お願いだから普通に会話してる場面を目撃したとかで……)


 早く、一秒でも早く、アンジェリカを見つけなければ。


 心が急き立てる。


(この角を曲がれば……)


「アンジェリカお嬢さまっ!」


 そこにはドレスは汚れ、髪に巻いたリボンも片方取れかかり、止めどなく涙を流している主人がいた。


 ポツンと一人、廊下に佇んでいる。


(嗚呼、あぁ、あぁっ!)


 胸が張り裂けそうだった。

 主人の姿を見ただけでエディスは悟ってしまったのだ。


 自分を視界に捉えたアンジェリカの唇が微かに動く。


『エディ』と


 アンジェリカがそう自分のことを呼ぶのは、小さい頃から甘えたい時か────助けを、求めるときだった。


 野次馬の使用人たちを押しのけ、一目散に駆け寄って抱きしめた。


「お嬢さまっ、ごめんなさい私がずっとお傍にいれば……っ!」


 そう言った時には、アンジェリカはエディスの腕の中で意識を手放していた。

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