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72.握り返す

 一時間自由行動となって、アンジェリカは小説が置かれている棚を見て回ることにした。


(あっこれ邸にあるわ。ああ! こっちは作者様直筆サインが入ってる。ほ、欲しい……)


 大きな書店だからなのか種類は言わずもがな、貴重なサイン入りの本も販売されていて、本好きには天国のような場所だった。


(今日のお金の上限は気にせず、全部ウォーレン公爵家宛にしていいよってお父様に言われたから……沢山買っても怒られないはず)


 流石にあのような事件の後だからアンジェリカは家族に出かけていいか尋ねたのだ。


 家族──特にアランとウィリアムは、会う相手が助けてくれたヴィンスだと伝えると、何とも言えない表情を作った後、渋々了承してくれた。


 なのに今日は家を出る際に、夜になる前に早く帰っておいでと念を押され、ウィリアムは一緒に付いてくると言ってシンシアに叱責を食らっていた。


 アンジェリカはしょんぼりとした兄を思い出してクスリと笑う。


 そうして棚と棚の間を行ったり来たりしながら物色していると、腕に抱えきれない量になってしまった。


(まだ買いたいの沢山あるのにどうしよう)


 とりあえず何処かに置こう。そう思ってカゴを探し、その中に本を移して邪魔にならない端っこにカゴを置いておく。


 アンジェリカは腕に抱えきれなくなったらカゴに移し──を数回繰り返し、気が付けば本の山が出来たカゴが四個ほどになっていた。


(さすがに…………買いすぎ?)


 書店に来たのは久しぶりで途中から際限なくカゴにつめてしまった。


 いや、それよりも。


(どうやってお会計場所まで持っていこうかしら)


 一気に運ぼうとすれば、アンジェリカの骨が折れてしまう。


 うーんと唸りながら考え込んでいると、後ろから影が差す。


「もうそろそろ時間────ってこんなに買うの?」

 

 耳元で声がかかり、アンジェリカは驚いて振り向く。


「ヴィンス様! あ、こ、これは! あの!」


 咄嗟にカゴを隠そうとするがもう遅い。バッチリヴィンスは見ていた。


「全部会計する物でいいのかな」

「…………はい」


 見られてしまったのだから嘘をつく意味もない。アンジェリカは素直に答える。

 

(とりあえず一つ持って下に降りて、そのあとにもう三個のカゴを取りに来よう)


 アンジェリカは一番軽そうなカゴの取っ手を握って持ち上げようとして────あまりの重さにふらりとよろける。


「おっと」


 ヴィンスが反応し、アンジェリカの背を支えた。


「大丈夫?」

「すみません。助かりました」


 頭を下げて、先程よりも腕に力を込める。とはいえ、傍から見たらアンジェリカは華奢だ。

 細い腕で一生懸命カゴを持ち上げている姿も、左右にふらついていて周りはいつ転ぶか不安になってしまう。


「そこの君、このカゴを会計場所まで運ぶの手伝ってくれないか?」


 ヴィンスは本の整理をしていた青年店員に声をかける。


「もちろんです」


 朗らかに店員は了承し、カゴを二つ持つ。残った一個はヴィンスが持って、空いていた片手でアンジェリカの分も奪った。


「あっ」


 アンジェリカの両手が空く。手のひらは慣れない重さですっかり赤くなっていた。


「私のですから一個は持ちます」


 そう言ってヴィンスから取り返そうとする。


「治ったばかり……ではないがまだ手を酷使するのは良くない」

「でも……」


 アンジェリカは食い下がる。


「──今日は私に従ってくれるのだろう?」

「うっそれは……そうですけど」


 こんなことのためではないのに。言い返すことは出来なくて、彼がダメならば……ともう一人の青年のところに行く。

 けれどこちらも「仕事ですから」とキッパリ断られてしまった。



◇◇◇




「代金はどうしましょうか」


 会計をしてくれている女性店員が、アンジェリカに尋ねる。


「えっと、ここに請求をお願いします。多分執事が対応するので、私の名前を出していただければ」


 アンジェリカはカウンターにあったメモ用紙に自身の名前を書き記し、店員に渡す。


「かしこまりました。ご購入された書籍はお持ち帰りしますか? 配達も可能ですが」

「……配達をお願いしても?」


 願ってもないサービスだ。まだ街を歩くだろうから大荷物は邪魔である。


「もちろんですよ。早くて今日の夕方、遅くても三日以内に邸の方へ配送致しますね」

「ありがとうございます」


 領収書をもらい、アンジェリカは先に会計を終わらせ、入口のところで待っているヴィンスの元に駆け寄る。


「おまたせしました」

「全然待ってないから平気だよ。次は昼食を食べに行こう」


 そう言って自然にヴィンスの手がアンジェリカの手を捉える。

 それが何だかくすぐったくて、嬉しくて、アンジェリカはこくりと頷きながらぎゅっと軽く握り返した。


「何が食べたい?」

「…………ヴィンス様の好きな料理か、おすすめのお店の料理ですかね」

「私の?」

「はい」

「そうなると少し歩くよ」

「構いません。歩けばお料理がもっと美味しく食べられます」


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