51.踊る相手
「確か君はヴァイン家の……」
前に出たナディアはにこりと笑う。
「はい。ナディアと申します」
綺麗なカーテシーをして、交換したカードを見せた。
そうして事情を知っているアンジェリカからしたらわざとらしいほど、興奮を滲ませた。
「まさか殿下方と踊れるとは! 幸運に感謝致しますわ。ミリナ様はどちらと踊りたいですか?」
「わ、わたしは……ヴィンセント殿下が……」
もじもじしながらミリナはねだった。未婚の令嬢にとっては結婚した王子よりも、婚約者のいないヴィンセントの方を選ぶのは妥当だった。
「なら私がラインハルト殿下と踊りますね。よろしくお願いします」
そうして王子二人のパートナーが決まったことで、注目がフィオナに向かう。
彼女は微笑みながら手元にあるカードの表を皆に見せた。
「黒のクローバーの13の方、いらっしゃいますか?」
鈴の音が転がるような声で尋ねれば、一斉に子息たちが確認し、嘆き声があちらこちらから漏れる。
「あ、私だ」
耳元でそんな声が聞こえてきて振り返ると、兄であるウィリアムが持っていたカードを眺めていた。絵柄はフィオナと同じものだ。
兄妹揃って目玉を引き当てたらしかった。
「お、お兄様!」
戻ってきてくれたのが嬉しくて、いささか大きな声を出して抱きついてしまった。
「アンジェ傍を離れてごめんよ。これ以降は呼び出されても拒否するから安心して……ってまさか泣いたの?」
涙目になっていたことで、勘違いされたらしい。優しく頭を撫でられ、目尻に溜まった涙を拭われる。
「違います。ちょっと色々あって……泣いた訳ではありません」
「そうなのか。アンジェのカードは?」
「これです」
ナディアと交換したカードを見せる。
「さっき持ってる人いたなぁ。ちょっと待ってて」
ウィリアムが戻ってくると彼のカードの絵柄が変わっていた。
「赤のスペードの20、私と一緒ですね」
「交換してきた。あちらもフィオナ様と踊れるから喜んでいたよ。アンジェは私となら踊れるだろう?」
「はい、お兄様。でも、よろしいのですか?」
人のことを言えないが、仮にも社交界の花と謳われていたフィオナと踊れるのだ。
「あんまり興味無いんだよね……周りを見てごらん。みんな意中の相手と踊るために交換しているよ。これ、カードの意味あるんだかないんだか」
確かに隠そうともせずに交換している。まあ、皆嫌な顔はしていないから、双方合意の上でならば咎める人もいないのだろう。
「それに、私はアンジェと踊る方が楽しい」
そう言ってウィリアムはその場で跪く。
「アンジェリカ・ディ・ウォーレン嬢、私と踊っていただけますか」
茶目っ気たっぷりに、ウィンクしながら申し込んだ。
だからアンジェリカも笑いながら差し出された手に己のを重ねる。
「はい喜んで。ウィリアム・ディ・ウォーレン様」
◇◇◇
全員が自分のパートナーを見つけ、定位置につく。アンジェリカは兄と一緒に端の方で踊ることにした。
「どの曲でしょう」
夜会で使われる曲は様々だ。ステップが早かったり遅かったり、男性の負担が大きいのから女性の負担が大きいのまで。多様である。
「そうだなあ。普段ダンスを嗜まない者も参加しているから、誰でも知っている簡単な曲だと思うよ」
兄と使われる曲の予想をしていると、準備が整ったようで前奏が奏でられ始めた。
(ゆったりとしたテンポのやつだわ。比較的足さばきも複雑ではない、デビュタントの子が練習するやつ)
小さい子が好みそうな曲調で、心が穏やかになるこれはアンジェリカも大好きな曲の一つだった。
踊る相手はウィリアムなので、気を抜いて楽しむことだけを考えていればいい。
振り付けは体が覚えているし、ほどほどに踊れるだろう。
「アンジェとは久しぶりだなぁ」
くるくると回りながら嬉しそうにウィリアムは言う。
「そうでしたか?」
「最近は……ほら、あいつがいたから。邪魔だろうし、必要ないし」
名前を出さないのは、それだけで拒絶反応がまだ出てしまうアンジェリカに対する配慮だった。
「ならこれからは沢山踊れますね」
今のところ新しい婚約は考えられない。しばらくはおひとり様の状態である。
何も無いようにサラッと答えたのだが、ウィリアムは少し悲しそうな表情になった。
そうやって会話をしながら踊っていると、余韻を残しつつ曲が終わった。
「ありがとうございました」
「ありがとう」
形式的に礼をして壁のほうに寄る。
「私が考えた余興に付き合ってくれてありがとう。ここからは君たちの好きな相手を誘ってくれ。爵位関係無しにね」
ラインハルトはフィオナの手を取って上座に戻っていく。殿下の言葉に勢いだった令嬢達はヴィンセントを取り囲んだ。あれだけ大勢の者に道を塞がれてしまったら、誰か一人を選ばないと離してもらえないだろう。
彼ほどではないが、未婚の高位貴族である子息達の所にも令嬢の山が作られていた。
(王子様も大変…………)
そんな感想を抱いてしまい、ほんの数秒人の山を眺めていたら彼がこちらを見た気がした。
(あれ?)
気がしただけで、違うのかもしれない。疑問が確信になる前に、蒼い髪は人の頭によって隠れてしまう。
「──アンジェ約束守ってよね?」
「うん」
戻ってきたナディアは開口一番にそう言って、アンジェリカの意識は引き戻される。
「いつがいい?」
「いつでも」
基本的に毎日暇である。時間はたっぷりあった。
「悩むわ~それにアンジェは何を着せても可愛いもの」
彼女の中は既にそれで占められているようだ。ラインハルトと踊ったことの感想は何も無いらしい。
上から下までアンジェリカの姿を眺め、ぶつぶつ独り言をつぶやく。
「……まずは採寸ね」
「そこまでするの?」
「だって、アンジェ中々こういうの許してくれないんだもの。許可が降りたからにはとことん突き詰めたいの。付き合ってくれるわよね」
本気のようだ。これは着せ替え人形になる予感がする。
(何でもするって約束したのは私だし……)
それに、ちょっぴり楽しみな自分もいる。
「お出かけ抜いて、一日だけ……だよ?」
「充分! ウィリアム様、アンジェをお借りしてよろしいですよね」
「うん、ナディア嬢だから心配していないが、妹の嫌がることはしないでくれよ」
ウィリアムはあっさり承諾した。
その後は兄とナディアと一緒に座って夜会が終わるのを待っていた。途中、ナディアの婚約者が挨拶をしに来て、彼女は彼と踊りに行った。
それ以外は何も起こらず、ラッパの音色と共にお開きとなったのだった。




