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04.自覚

 数分後、馬車を引く音が外から聞こえてきた。アランが自ら医者を呼びに街に行ったのだ。


 そしてアンジェリカは母と他愛もない世間話を始めた矢先のことだった。人が駆ける音がしてドアが外側から開かれた。


「アンジェが目を覚ましたと聞いてっ……はぁ、お、王宮から直帰……して……来た……けほっけほっ」


 息を切らして入ってきたのはアンジェリカの兄、ウィリアム・ディ・ウォーレンだった。金髪の髪を乱しながら、蒼の宝石瞳がアンジェリカを射抜いた。


「ウィルお兄様」


 ふんわり微笑めば、ウィリアムは安堵の吐息をもらした。


「ああ、アンジェ。元気そうでよかった。目を覚ましてくれて嬉しいよ」


 ウィリアムは息を整えてから妹を抱きしめた。


「お兄様は墨を顔に塗っておられないのですね」

「え? 墨?」


 ウィリアムは首を傾げ、自分の顔を触る。当たり前だが何も手には付着しない。


「ウィル、少しいいかしら」


 事情を何も知らないウィリアムが余計な口を滑らすかもしれない。そう思ったシンシアはアンジェリカの今の状態をこっそり伝えた。


 シンシアから聞き始めると見る見るうちにウィリアムの顔が曇っていく。


 その様子を見てアンジェリカは不安になった。ギュッとシーツを握る。


(……さっきからみんな変だわ。何か隠してる)

 

 未だ続く胸の痛みは彼らが隠していることに関係しているのではないだろうか。


 ふと、考える。


(そう言えば……倒れる前、昨日何をしていたのだっけ。確か御化粧しして、出かけて──)


 思い出そうとすると、それを拒否するかのようにズキッと痛みが貫いた。反射的に頭を抱えてしまう。


「頭が痛いの?」


 俯き、痛みに耐えているとシンシアが心配そうに覗き込む。


「……少し。昨日何をしていたのか思い出そうとして……」

「──思い出さなくていい。あんな屑」


(……屑?)


 キッパリとウィリアムは言った。いつもよりも厳しい、怒りを滲ませた声だった。


 自分に向けられたものでは無いとわかっていても、怖かった。怯えを浮かべた妹を見て、ウィリアムは怒りを隠した。


「大丈夫。何も心配はいらないから」


 優しく背中をさすられる。

 そこでようやくアンジェリカは気がついたのだ。


(──記憶がない。どうして? 昨日のことを覚えていないのは……普通ならありえないわ)


 昨日は無いが、一昨日の記憶はある。けれど、家族以外の人との会話は思い出せない。知人はまだしも、侍女や執事たちと一言も話さないことなんてありはしないのに。


 それに──


 先程部屋にいた執事たちの容姿を思い出す。

 てっきり罰ゲームで墨を塗ったのかと思っていたが、恐らく違う。

 自分が、眼が、脳が、まるで見たくないとばかりに黒く塗り潰しているのだろう。


 原因は知らない。いや、覚えていないと言った方が正しい。


(なん……で? 自分が何者で、ここは何処で、家族の名前は分かるのに……お母様に聞けば教えてくれるかしら)


 手が震える。今更ながらこの事実に不安が募って行くのだ。

 シーツを胸元に引き寄せ、アンジェリカは自身を落ち着かせるために瞳を閉じた。

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