39.怪我の程度
「──骨までは届いてなさそうだね」
アンジェリカの足を触診していた王宮医は、最後になぞるように腫れた箇所に触れた。
「稀に足をくじいた場合、骨にまでヒビが入ることがあるがアンジェリカ様は大丈夫そうだ」
そう言って王宮医は右足首を木で固定し、包帯でぐるぐる巻きにする。
「くじいた後、足を使わなかったのは不幸中の幸いだよ。診察に来る者の中に、動くからと一人で歩いて来る馬鹿者がいるが、それは状態を悪化させるだけだ」
氷を冷蔵庫から取り出し袋に詰めて水を足す。
「これで患部を十分ほど冷やして。それ以上は凍傷をまねくから離して」
「はい」
医務室に備え付けられている寝台の上にいたアンジェリカは、氷嚢を受け取って患部を冷やす。
「ただ、軽傷ではないのでしばらくは痛むと思うね。痛み止めを処方することも可能だがどうする?」
「できればお願いしたい……です」
ズキズキとした痛みはまだ収まっていなかった。むしろ少しだけ心が落ち着き始めた今になって、徐々に痛みが増しているようにも感じる。
「ならば……えーとここら辺に」
コップに水を注ぎ、薬棚の一箇所を開ける。中にあったガラス瓶に入っている錠剤を三粒取り出して、再び瓶を収納した。
「これをグイッと飲むんだ」
「ありがとうございます」
貰った錠剤を舌に乗せ、水で飲み込む。
「効くまで三十分ほどかかるが、効き目は保証するよ。足も元に戻るから不安にならなくていい」
にこにこ安心させるように笑った初老の女性は、孫を可愛がるようにアンジェリカの頭を撫でた。
それを見て、ずっと診察を見守っていたナディアがほっと安堵の息を吐いた。
「あの……どれくらいでアンジェの怪我は治りますか?」
「──人によって修復速度は変わるから一概には言えないが……このくらいだと一般的には二週間程度かな」
「そんなに…………」
「靭帯を損傷しているんだ。これはまだいい方だよ。下手したら二ヶ月ほどかかるからね」
ナディアの質問に答え、「だから決して無茶をしてはいけないよ」とアンジェリカに王宮医は念を押した。
「冷やしたら帰っても大丈夫だ。車椅子がそこにあるから、帰りはそれに乗って馬車まで移動しなさい」
「はい」
「じゃあ私は痛み止めを袋詰めするよ。紙袋はどこにあったかな……」
王宮医は再び薬棚に向かい、瓶を机の上に置いたあと、アンジェリカに渡すための袋を探す。
そこで外からノックがかかった。
「失礼します。ヴィンセント殿下のご指示でウォーレン公爵様とそのご子息様をご案内しました」
どうやら家族が来たらしい。扉を半分ほど開けて騎士は顔だけを見せて、中にいたアンジェリカ達に伝えた。
「ご苦労さま。公爵たちを中に入れて差しあげて」
王宮医に代わって、ナターシャが命じる。
「アンジェ!」
周りに人がいるのを構わず、ウィリアムはアンジェリカを見つけると、一目散に駆け寄った。
「階段から落ちたと聞いた。怪我は足だけか? 外傷がないだけで頭を打ったりとか、他にも痛むところはないのか?」
矢継ぎ早に尋ねられて、流石に答えきれなかった。
「お、お兄様、そんな立て続けに言われましても……」
「──まだまだ聞きたいことはあるんだ。これでも制限してるつもりなんだよ」
ウィリアムはむぎゅうっとアンジェリカの両頬を押し、自身の胸の中に取り込んだ。
「ヴィンセント殿下が私たちに知らせてくれた時、心臓が冷えたよ」
ぎゅうっと抱きついたままウィリアムは言う。
「晩餐会なんてどうでもいいから早く帰ろう」
さらっと王族の前でなんてことを言うのだろうか。
ナターシャ王女の様子をさりげなく窺うが、彼女は気にしていないようだ。
「それはだめです。お兄様とお父様は絶対参加しないといけません」
重鎮として働くアランと、王太子の右腕として王宮での地位を築き始めているウィリアム。そんな二人が、未来の王と王妃が主催する晩餐会に参加しないのは言語道断だ。
ここにはいないシンシアも、アランの妻として参加しなければならない。それくらいアンジェリカにも分かる。
「だがアンジェを一人で帰すのは心配だ。一人で馬車には乗せられない」
「私が付き添いますよ」
ナディアが手を上げる。
「ううん、そこまで迷惑をかけられないわ。ナディも晩餐会、出ないと」
基本的に今夜の晩餐会は全員出席が暗黙の了解である。
アンジェリカは今日の怪我で不参加でも許されると思うが、ナディアは怪我をした訳では無いのでそれは許されない。
「あー、貴族ってもんはめんどくさいね。晩餐会終わるまでここにいても構わないよ。私は参加しないからね。老いぼれの話し相手になってくれるなら万々歳だ」
ようやく袋を見つけて、薬を詰めていた王宮医が言った。
「……ならお言葉に甘えてもう少しお邪魔していても?」
ここで無理を突き通して一人で帰ろうとしても迷惑をかけるだけである。素直に彼女の提案に乗った方がいいと思った。
「ああ、いいさ。ほら薬袋だ。とりあえず一週間分出しているが、薬が切れても痛い場合はもう一度来な」
袋をテープで止めてアンジェリカに手渡す。
「だが…………」
入室してから聞き手に回っていたアランは納得していないようで、ちらちらとアンジェリカを見る。
「まどろっこしいね。出なきゃいけないもんは出ないといけないよ。さっさと行きな、確か夕方からではなかったかい? もう始まる」
王宮医はシッシッとアランとウィリアムを扉の外に追い出した。
「やれやれ、ナターシャ王女様とナディア嬢……? っていったかい? お前さんたちも行きなさい」
「そうね。失礼しようと思います。アンジェリカ様、お大事になさってくださいね」
すくっと椅子から立ち上がったナターシャは気遣うような言葉を紡いで部屋から出ていこうとした。
「ナディア様? 貴女も行かないといけないですよ」
「でも……私」
「ナディア様、私はお義姉様の美しいお姿を目に焼き付けないといけないんです。お義姉様の可愛らしさは、ナディア様も眺めないと損です!」
そう言ってナターシャはナディアの腕に自分の腕を絡めて、引き摺るように医務室を後にしたのだった。




