13.破滅への一歩(2)
「父上、私はアンジェリカに謝りたくて」
「貴様の謝罪などアンジェリカ嬢は望んでいない。お前は、お前の自己満足のためにアンジェリカ嬢を使うのか? ──痴れ者が恥を知れッ」
ヒラヒラと書類がエントランスホールを舞う。
アルベルトがさっきまで握りしめていたものだ。
「こんなことをしでかして、アンジェリカ嬢がお前に会いたいとでも? 私でも会いたいと思わん!」
「で、ですがっ父上は謝罪しろといつも言うではありませんか」
アルベルトは我慢ならず、ベネディクトの頬を思いっきり叩いた。
「状況を考えろ。お前の言動で酷く心を痛めているのにさらに抉りに行くのか」
語気を強め、座り込んでいる息子を睨めつける。
「……彼女にあれから一ヶ月も会っていません。状態を知りたくて」
少しは彼女のことを傷つけた自覚があり、吐いて涙したあとの様子が気がかりだった。
加えて、ベネディクトはアンジェリカが記憶喪失になったことを知らなかった。
先程会った時も、視線が数秒交わっただけで、話が出来たわけではない。
彼女の名前を呼んだ途端、問答無用で執事に組み敷かれ、周りの使用人たちは冷ややかにベネディクトを見下ろしていた。
そして階段の上にいたアンジェリカを、エディスが壁になって隠し、ベネディクトの前にも使用人達が立ちはだかった。
「なら、フィリミナに今の自分を胸を張って見せられるのか。婚約者を蔑ろにしたお前を」
ベネディクトは頬を押さえ、言葉に詰まる。
「はは……うえをこの場で出すのは卑怯です」
「どの口が言う。フィリミナがいたのならば、平手打ちでは済まないぞ。この馬鹿が」
そこでようやくアンジェリカの様子を侍女から聞いたアランが、靴音を鳴らしてベネディクトの前までやってくる。
「アルベルト」
「好きにしてくれ。こいつは君に何をされてもしかたない。今日の件で痛いほど分かった。もう知らん」
了承されなくてもやるつもりだったが、アルベルトが頷いたならば容赦しなくていいだろう。
愛娘には見せられないな、と思いながらガッと胸元を掴み、宙に浮かせた。
「……殺さないだけ感謝しろ。地獄はまだこれからだ。アンジェリカを……私の娘が傷ついた分以上を、お前に返すからな」
声を低めて、そう言いきって、吹っ飛ばした。
面白いほど飛ばされたベネディクトは運悪く大理石に頭を打ちつけ、そのまま気絶する。
「──つまみだせ。今後、一切ベネディクト・ヴィ・ブライスに敷居を跨がせるな。強行突破を企てたらその時点で騎士団に引き渡せ」
「かしこまりました」
手を叩きながら命令し、アルベルトに向き直る。彼は息子が気絶しているのに、少しも心配していなかった。
「あそこまで罪の意識がないのか……あぁ、私がアンジェリカ嬢に直接謝罪したいが迷惑になるだけだろうな。今も……ダメなのだろう?」
アルベルトはベネディクトと違ってアンジェリカの症状を知っていた。
自分の息子のせいで男性は黒塗り、拒絶反応も凄まじいと。
「また具合を悪くした。今は寝ている」
せっかく拒絶反応も少なくなり、邸宅内ではずっと笑って過ごせていたのに。
そろそろ気分転換に避暑にでも出掛けようと計画していたのだが、また、振り出しに戻るかもしれない。
「とにかく、あれを早く頼む」
「勿論だ。最優先で処理する」
アルベルトは追いかけてきたウォーレン家の侍女から鞄を受け取り、深く深く頭を下げた。
そして門の外に放置された息子を引きずり、馬車に乗せ、ウォーレン邸を後にした。




