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12.破滅への一歩(1)

「──何か言い分はあるか」


 アランは目の前に座っている紳士に問いかけた。


「ないな。これは全てこちら側に非がある。どう……謝罪したらよいのか……」


 頭を抱え、渡された書類を読み込んでいた紳士──アルベルト・ヴィ・ブライス侯爵は大きくため息をついた。


「私がこの国を留守にしている間にこんなことになっていたなんて。ほんとうに申し訳ない。ベネディクトの親として、ブライス侯爵家の当主として、心からお詫び申し上げる」


 アルベルトがこの件を知ったのは二週間前。仕事で隣国にいた際、速達でウォーレン家から婚約を破棄したとの手紙が届いた。


 内容を見て驚いた。大人と見なされる年齢の嫡男は問題を起こさないだろうと、信用して留守を預けたのに、その息子が問題を起こしたのだ。


 アルベルトは急遽仕事を切り上げ、慌てて帰国した。

 そしてブライス邸に数分立ち寄り、息子を怒鳴りつけたその足でウォーレン邸を訪れたのだった。


 おかげで久しぶりの自国に懐かしむ暇もなかった。


「しかも一人前にブライス侯爵家名義で抗議文送ってきたぞ」


 アランはあれがアルベルトからのではなく、ベネディクトからのだと見抜いていた。故に開封しなかった。


「…………もう何も言えない。迷惑を……かけた。相手の令嬢はどうしている」


 アルベルトには頭の痛いことである。思わずこめかみを押さえて、グリグリとツボを押す。


「格下の伯爵家だからな。権力と家の罪を無理やり洗い出して当主を脅したよ。それに……シンシアが怒り心頭で、久しぶりに社交界を掌握した」


 妻は結婚する前、社交界の花と呼ばれ、名を馳せていた。

 最近は落ち着いていたが、彼女が一言発せばそれで社交界が一変する力を持っている。


 アンジェリカが記憶喪失になってから最初の夜会。シンシアはにこにこしながら「絶対に潰す。茶会や夜会でも出られなくしてくるわ」と意気揚々と参加した。


 そして自分の持っている駒を使い、物の見事に貴婦人達を全員味方につけていた。

 

 なのでアンジェリカが悪く言われる不安要素は今のところ存在しない。


「詳しい話は別の機会に。私はここに君のサインが欲しい。まさか……しないとか言わないよな?」

「言わないさ。この内容はアンジェリカ嬢の心の傷と愚息の行いを鑑みたら妥当だ。責任は取るし、取らせる」


 淀みのない仕草でさらさらと署名する。

 万年筆を置き、乾いたのを確認してからアランに手渡した。


「ただ、もう一人の息子の芽を摘むことはできれば……やめて欲しい。あの子は今回の件に関係ないから」

「いいだろう。ブライス侯爵家を没落させたい訳ではないからな。私が地獄に突き落としたいのはこいつだけだから」

「感謝するよ。本来ならば私も、一緒に罰せられなければならないのに……慰謝料はきちんと払う。これも、すぐに手続きを終わらせる」


 必要な書類を鞄にしまい、手元にはベネディクトの不貞の詳細が書かれた控えの書類が置かれている。

 アルベルトはぐしゃりと紙を潰し、引き攣った笑みを浮かべる。


「亡くなった妻に顔向けできない……こんな息子に育ててしまって。知ったら嘆き悲しむだろう」


 そう悔やむアルベルトは、アランにとって昔からの友人だった。

 誠実で真面目。彼の奥方になった今は亡きフィリミナ侯爵夫人も気立てがよく、優しい人だった。

 だからアランもこの二人から生まれた子供なら、アンジェリカを幸せにしてくれるだろうと婚約を決めたのに。


 結果は、この通りだった。


 重く嫌な空気が垂れ篭める。切り裂いたのはノックもそこそこに入ってきた執事だった。


「旦那様大変です」


 執事がアランに耳打ちする。


「アンジェリカがベネディクトと鉢合わせた? どういうことだ。連れてくるなと言ったはずだ」


 アンジェリカと万が一にも鉢合わせするのを避けるため、先に通達したはずだった。


 アランの責める視線を受け、アルベルトは自分勝手な行動を起こす息子に、怒りに震えていた。


「これ以上やらかすならば、その場で勘当するとあれほど忠告したのに……何処まで馬鹿なことをすれば気が済むんだ」


 二人は立ち上がり、現場に駆けつけた。


「ベネディクト、お前が何故ここにいる。自宅での謹慎を命じたはずだっ!」


 着くや否やアルベルトは声を荒らげ、取り押さえられている息子を叱責した。


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