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19.忘れ物と迷い子

ファンレターへのお返事SSのひとつです。

時間が経ちましたのでこちらにも掲載させていただきます。

 その日、公爵邸に忘れていったアランの書類を届けるため、幼いアンジェリカは母であるシンシアと王宮に足を運んでいた。

 しかし、優雅に空を飛ぶ蝶々に気を取られた彼女はシンシアと繋いでいた手を離してしまい、迷子になってしまった。


「ど、どこかわかんなくなっちゃった……」


 蝶々を追って中庭に足を踏み入れていたアンジェリカは、見知らぬ景色に心細くなり涙目になってしまう。


「お、おかあさま、どこ?」


 震える唇で呼びかけるが、広大な中庭に声が熔けていくだけで反応はない。ますます不安になり、堪えきれなかった涙が一筋頬を伝い落ちていく。


「うぅ……おか、さま」


 とぼとぼと行くあてもなく彷徨いながら、とりあえず建物の方へ歩く。

 すると中庭を横切る回廊に人影を見つけた。


「あっ!」


 蒼い髪に重たそうな書物を数冊抱えた少年が、少し憂鬱そうに歩いている。


(ヴィンセントさまだ)


 見知った人物にぱぁっと顔を明るくした。

 ヴィンセントについては兄であるウィリアムの元に遊びに来ていた彼と何度か遭遇し、その際に会話をしたことがあるので、人見知りが激しいアンジェリカも比較的慣れていた。

 なので迷わずたたたっと駆け寄り、後ろから彼のシャツをくいっと引っ張った。


「うわっ! だ、誰……」


 不意打ちにヴィンセントは盛大に驚いた。抱えていた書物が足元に散らばり、シャツを引っ張った人物に目を向ける。


「──アンジェリカ嬢?」


 名を呼ぶと途端、蒼い宝石眼が潤む。ここまで我慢していた寂しさが爆発したのか、堰を切って瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。


「ヴィ、ヴィンセントしゃまぁぁ」


 ああ、もう大丈夫だと思ったアンジェリカはひしとヴィンセントに抱きついた。そのままぐりぐりと顔を押し付け、一生懸命自分の置かれている現状を説明しようと涙声で伝える。


「あのね、おかあさまがいないの」


 ヴィンセントは抱きついてくるアンジェリカの背中を優しくさすりながら問う。


「はぐれてしまったのかい?」

「はぐれ……? たぶんそう」


 ヴィンセントはポケットから取り出したハンカチで零れる涙を拭いつつ続ける。


「じゃあ、どうして王宮に来たのかな」

「えっとね、おかあさまといっしょにおとうさまの忘れ物を届けにきたの」

「ああ、お使いをしているのか。偉いね」


 優しく頭を撫でられてアンジェリカはえへへと笑い、泣き止んだ。


「公爵夫人の居場所は分かるかい?」

「おかあさまの? ううん、わかんない」

「そうか。なら公爵のところに案内してあげる。彼の執務部屋は知っているから」


 おいでとヴィンセントから差し出された手を握り、二人はアランの元へ移動する。

 ヴィンセントに連れられてトコトコと歩いていると、すれ違う王宮の人々の視線がアンジェリカに注がれているような気がした。


(どうしてみんなわたしのことを見てくるのかしら)


 不思議に思い、首を少し傾げていると、アンジェリカの考えていることを悟ったのか、ヴィンセントは注がれる視線を遮る。


「彼らのことは気にしなくていいよ。さあ着いた」


 コンコンコンとヴィンセントがひとつのドアをノックする。やがて開いたドアの先にはアランの部下がいて、その奥に大好きな父の姿を見つける。


「おとうさま!」


 ヴィンセントと繋いでいた手を離してアランの元に駆けると、父は大きく手を広げてすぐさまアンジェリカを抱き上げた。


「ああ愛しいアンジェ、どこに行っていたんだい? ちょうどお父様も仕事を放り出して探しに行くところだったよ」


 アランから降り注ぐキスの嵐に、アンジェリカはぐいーっと背を逸らす。


「そんなには要らないわ」

「そんなこと言わないでおくれ。ああ、どれほど心配したか」


 満足がいくまで愛娘にキスをし終わったアランは、アンジェリカを抱っこしながら礼を伝える。


「ヴィンセント殿下には何とお礼を申したら良いか。ありがとうございます」

「礼は不要だよ。それより公爵夫人にも早く知らせ──」


 ──とそこでドアから一人の青年が顔を覗かせる。


「いた! 殿下、講義の開始時刻を過ぎていますよ!」

「テオ、声を張り上げなくても聞こえてる。うるさい」

「まったく、反省の色はなしですか。罰として課題を増やしますよ」

「それはだめ!」


(おにいさんがだれだか知らないけど……)


「ヴィンセントさまが時間に間に合わなかったのはわたしのせいなの。だからばつ? をふやさないで」


 庇う娘の成長にアランが感激しているのに対し、テオはいきなり介入してきた少女に面食らう。


「庇わなくて平気だよ。元々憂鬱すぎて今日の講義はサボるつもりだったから」


 ヴィンセントの告白にテオの目つきが鋭くなる。


「でも……」

「大丈夫だから。庇ってくれてありがとう」


 アンジェリカに微笑んだヴィンセントは机上に置いていた書物を抱え直す。


「では失礼します。テオ、行こう」

「はい殿下」

「あっまって」


 引き止めるアンジェリカにヴィンセントの足が止まる。


「どうかしたの」

「ヴィンセントさまはおうじさまなの?」


(でんかっておうじさまのけいしょうよね?)


 何度か彼と顔を合わせたことがあるが、全て短時間だったからだろうか。殿下と呼ばれるところを見たのは初めてだった。


「肩書きは王子だよ」

「へぇ」


 初めて知る事実に目をぱちぱちと瞬かせる。


「アンジェリカ嬢に言ったことなかったかな」

「聞いたことないと思う」


(おうじさまってとっても身分の高いお方なのよね。そしてしゅじんこうといつも結ばれるの)


 いつも読む絵本の中では、主人公のことを助けてハッピーエンドに導くのが王子という肩書きの人物だった。


(わたしのこと助けてくれたし、ヴィンセントさまはおうじさまにピッタリだわ)


 そんなことを考えているアンジェリカに、ヴィンセントは諭す。


「王宮は人の出入りも激しいし、構造も複雑だ。慣れていないとすぐ迷ってしまうからご両親と繋いだ手を離したらいけないよ」

「うん、こんどからは気をつけるね。ヴィンセントさまありがとう」


 こくんと頷いたアンジェリカに優しい眼差しが向けられる。

 そうしてテオと共に部屋を出ていくヴィンセントに手を振ると、彼はふっと口元を弛めて優しく振り返してくれたのだった。


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