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10.望んだのは

 婚約解消と婚約破棄は同じようで少し違う。


 基本的に前者は両者納得の円満な別れ。

 後者の方は片方がもう片方に一方的に叩きつける別れ方。


 アンジェリカが望んだのは円満ではない方だ。

 当然周りの貴族達も両家の間に何があったのかと騒ぎ立てるだろうし、解消よりもウォーレン公爵家に負担がかかる。

 何より、自分の精神的にキツい。


 それでも、どうしても、穏やかな別れ方は嫌だと思ったのだ。


 だって、婚約解消を選んでしまったら彼に非はないのだと周りに示すことになる。

 そうなると自分が記憶をなくすほど嫌だった出来事を……許したことになる。


 逆にもし、婚約破棄となればどちらかに非があって破談になったのだと周りにも示せる。


(私は……後ろ指を指されるようなことをしていないわ。しているのは──彼のほう)


 基本的に婚約解消の方が楽であり、良いことが多い。しかし不貞等を働かれ婚約を白紙にする場合は、婚約破棄の方が手間はかかるが後々良い場合もある。


 だからアンジェリカは婚約破棄を選んだ。


 そんな我儘をシンシアは肯定してくれた。


「貴女が望むのなら。喜んでそうするわ。私も、アランも、ウィリアムもみんなアンジェの味方だから」


 娘を守るのが親の役目である。迷う理由はなかった。


「相手方が抗議してくるかもしれません」

「……ベネディクトはしてくるでしょうね。その時はそのときよ。徹底的にやり合うわ。負ける理由なんて何一つないんだから」


 アンジェリカの頬にシンシアの手が伸びてくる。


「こんな可愛いアンジェを裏切ったのよ。やり返させてもらうわ。そもそも端から婚約破棄の方向でって昨日、三人で決めたの」


 既にアランとウィリアムは不貞の証拠を公爵家のコネをフルに使って収集している。後数日ほどで終わるだろう。


 早く婚約を破棄し、慰謝料等は後々請求すればいい。


「全て私たちがやっておくわ。だから今はゆっくり心を癒して休みましょう」

「はい。ありがとうございますお母様。それに──」


 アンジェリカはエディスに身体を向けた。


「多分、記憶がなくて迷惑かけてしまうかもしれないけれど……これからもよろしくね」

「もちろんです。記憶がなくてもあっても、お嬢さまはお嬢さまなのですから」

 

 エディスはギュッとアンジェリカの手を握って微笑んだ。


 ────ウォーレン公爵家は四日後の夕刻、婚約者ベネディクト・ヴィ・ブライスの不貞を理由に、ブライス侯爵家に婚約破棄を叩きつけた。


 円満だったはずの両家間に一体何が起こったのかと、この件は社交界を驚かせ、直ぐに話題の中心になった。

 が、流れたのは婚約破棄の理由であるベネディクトの不貞のみ。


 ウォーレン邸は徹底した箝口を敷いていたのだ。それに加えてウォーレン家に仕える使用人達は忠誠心が強く、アンジェリカの病状を漏らす者はいなかった。


 そもそも使用人達はアンジェリカに同情し、憤っていた。


 廊下ですれ違えば「いつもありがとう」と感謝を伝えてくれる。そんな優しい心の持ち主であるアンジェリカが傷付けられたのならば、守る方に加わるのは当然の帰結。


 そして想定していた通り、ブライス侯爵家名義での婚約破棄に対する抗議文が送られてきたが、当主のアランは封を切らず、一瞥して焚べた。


 曰く、「相手が悪いんだ。こんなもん読まなくても何も問題ないさ。アンジェが間違っても見ないように燃やしてしまおう」と。


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