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コトワリ(言割、事割、理、断り)それはコトダマのファンタジー  作者: 泉 佑磨
第一章 コトバ、それがすべての始まり
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第一章4 追い込まれた現実

連続投稿第5弾です。

「そうですよ。濡れ衣ですよ」

 三浦と口合わせをしたかのように新崎も必死に訴えた。

「あいつ、真壁からの嫌がらせを、俺らと勘違いしたんですよ。あいつがやっていたのは、後ろから見ていたし……」


 教師の武田は彼らから一旦、視線を落とし、頭を掻いてから尋ねた。

「だったら、そう言えばよかったじゃないか」

「だって、人を売るような真似こそ、ダサくないですか?」

「そうですよ。俺たちは犯人に、ただ正直に申告して欲しくて自分達の濡れ衣を否定しただけです。そうでなければ、真壁のためにならないと思って」


「ちょっと待って! それには……」

 タクミは口を挟むが、武田はタクミを睨みつけて、叫んだ。


「お前は黙ってろ!」


 普段の様子からかけ離れた、すさまじい剣幕の武田にタクミは言葉を失った。


 武田は一呼吸置いてから、新崎と三浦に頭を下げた。

「お前らには迷惑をかけた。中橋には俺からちゃんと伝えておく。お前らはもう帰っていいから」

 そして、新崎と三浦は返されていく。それをタクミはただ黙って、見送るしかなかった。


「さて、真壁。お前にはたくさん、聞きたいことがある」

「違います。俺はただ……」

「見苦しいぞ。お前が中橋に嫌がらせしているのは、坂上先生も見ているんだ。言い逃れはできない」

「そうなんですが…… それには」

 たどたどしい返事は武田の感情を一層逆撫でした。

「それには、なんだ? 俺はそんなことを聞いているんじゃないんだぞ! お前がやったことについて、お前はどういう気持ちなのか、おれはそれを知りたいんだ!」

 そこから武田の説教は長かった。最初のうちは言葉が耳に入ってきたのだが、一つの想いが、一つの言葉が、口にできないもどかしさ、はめられた悔しさで、後半は武田の言葉が全く耳に入らなかった。


 あいつらの指示で、俺は実行した。


 そのことを言いたいのだが、言葉にできるだけの余地を武田は与えてくれない。すでに彼の中では結論が出ていたのだ。実際、中橋に嫌がらせしたのは自分だった。それでも、そこには理由があるのだ。だから、武田の説教の最中、ポロリと言葉が漏れ出た。

「新崎君と三浦君の指示に従って、真壁に嫌がらせをしたんです……」

 それを聞いた武田は一瞬だけ、言うのを止めた。

 

 自分の想いは届いたのだろうか?


 わずかな希望にすがりつくように、タクミはうつむいていた顔を上げて、武田を見る。

「見苦しいぞ! お前!!」

 武田は腹の奥底から声を出し、武田は怒鳴りつけた。


 タクミは愕然とした。ああ、これはもう取り付く島も無い。

(そうなるよな。指示を受けたなんて根拠、どこにも存在しなかったな)

 自分の愚かしさに笑ってしまうタクミ。目の前は真っ暗になってしまった。


 職員室から出た後、タクミの中の心はすでに空っぽだった。通り過ぎていく人達が自分に対して、好奇な目を向けているような気がした。いや、それが現実なのかもしれない。すでに、学年中にも広まっているのだ。


 一刻も早く、この場から消え去りたい。

 タクミは荷物を取りに教室へ戻る。すると、新崎と三浦を囲んでいた男女が、嫌悪感剥きだしでこちらを見てきた。その視線をできるだけ、見ないようにして、荷物を取りに行く。

 しかし、途中で、足を引っかけられて、転倒してしまった。


「撃って良いのは、撃たれる覚悟のある奴だけ。どっかの名言にあったよなあ」

 そんな声が聞こえてきた。タクミは強く拳を握りしめながら、返事をすることもなく、荷物を取って、その場を立ち去った。


 徐々に歩くスピードが速くなっていき、気づいたら、走り出していた。視界は涙でぼやけている。

「くそっ、くそっ、くそぅ……」

 校門を通り過ぎて、目の前を歩く人々をはねのけていく。

 息が切れても、さらに走り続け、それでもまだ走り続けて。いつもの道を半分未満の時間で家に着いた。


 今日は何もしたくない。そうだ。ベッドで横になっていよう。

 タクミはそっと家の扉を開ける。


「あんた、どういうつもりなの?」

 扉の先では、怒気のこもった母、仁美の声が待ち受けていた。

「えっ?」

 タクミは理解が追いつかず、聞き返してしまった。

「何をやってんの!?」

 そんな息子の態度は、火に油を注ぐようなもの。すかさず、母の平手打ちが息子に飛んできた。

肉をはじく音に、赤く腫れあがる頬。タクミは呆気にとられた。


「別に勉強ができるようになれとか、運動をできるようになれとか、言っているわけじゃない。これは人としての問題。考え直しなさい」

 母、仁美はそう言い残して、リビングに戻っていった。


 タクミは歯を強く食いしばった。

(どうして、ここまで言われなければならないんだ。どうして、ここまで理不尽な目に合わなければいけないんだ。俺にも言い分はあるのに)


 その日、タクミは何も食わずにずっとベッドで横になっていた。


「タクミ、はやくしなさい! 学校でしょ!!」

 翌日、母、仁美はタクミの部屋の外で叫んでいた。一向に出てこない息子にしびれを切らし、タクミの部屋に突入しようとしたのだが、鍵を掛けたため、立ち往生。結果、部屋の前で喚き散らしていたのだ。


(いくわけねえだろ。あんなところ)

 タクミは母の声を無視して、天井を見上げながら、呟いた。


「ちょっと、お父さんも何か言ってよ!」

 母、仁美は夫に呼びかけた。


「タクミ、聞こえているか?」

 扉越しに静かな声で、父、章文は語り掛ける。

 返事の無い息子の声。しかし、父はそれでも話しかけた。

「何があったのかは、学校から連絡を受けた母さんから聞いた。本当のことなのだろう。だけどな、お前はそんなことを簡単にするような奴では無いと信じている。もしかしたら、きっと何かあるのかもしれない」

(父さん……)


「学校からの連絡が、そのままの事実ならお前は反省し、立ち上がらなければならない。仮に何か事情があるなら、お前は主張するために立ち上がらなければならない。どの道、立ち上がらなければならないんだ。それ以外に選択肢はない」


 タクミは胸をぎゅっと握り絞めた。


「このまま、立ち上がらないのであれば、その時、俺は父として立ち上がるだけだ。その覚悟はしていろ。母さん、もう十分だから。このままだと、俺達も遅刻してしまう」

 章文は部屋の前でタクミにそう告げて、まだ言い足り無さそうな仁美を引き返させた。

 しばらくして、家から、声が聞こえなくなった。二人とも出ていったのだ。


「くそがっ!!」

 タクミは枕を投げ飛ばし、近くにあった、本を蹴り飛ばした。


「ねえ、あの人って、昨日の……」

 教室までの廊下、同学年からの奇異な目がタクミに集中していた。

 昨日までは、誰もタクミのことを認識していなかったのに、今日になった途端、一躍有名人になっていた。

 誰にも視線を合わせずに廊下を突っ切り、教室へ入る。タクミが教室の中へ入ると、今まで談話していた声が一瞬で静まり返る。


(なんだよ、これ。これじゃあ、まるで……)


 そこで、タクミは気が付いた。自分の机が泥まみれになっていることに。

 目の前まで来て、タクミは立ち尽くした。そうこうしている内に予鈴がなった。


「はい、着席しろよ」

 担任の武田が疲れ切った表情で声を掛けた。

「おい、真壁、早く座れ!」

 武田の語気は強くなっている。

「いや、これ……」

 それに対して、タクミは自分の机を指さした。武田はちらりと見て、ため息をつく。

「何に驚いているんだ? お前が中橋にやっていたことだろ? 教室の奥に雑巾があるから、それで拭いておきなさい。あと、こんなことで傷ついたとか言わせねえぞ」


 タクミは言葉を失った。震える手を抑えて、教室の隅にあった雑巾に手を伸ばす。感情を押し殺しながら、その雑巾で自分の机を拭き始めた。

(もう何を言ってもダメなのかもしれないな)

 タクミは怒りを通り過ぎて、諦観の境地に入っていた。


「じゃあ、今日の朝礼なんだが、一つ、大切なことをお話しします」

 出席簿をパタリと机に置いて、武田はクラス全員の顔を見渡す。


「今日から、中橋が休むことになりました」


 その言葉にタクミの雑巾を拭く手が止まった。


「事情はまあ、みんな知っていると思うが、そういうことだ。戻ってくる頃には温かく見守ってやってくれ。それと……」

 武田は鋭い眼光をタクミに飛ばす。

「今後、こういうことが無いように願っている。以上だ」


「あーあ。誰かさん、マジでやばいな」

 武田が去った後、新崎が呟いた。

「そうだな。つーか、こんな状況になっても、まだ学校に来れるその神経、すげえわ」

 三浦はゲラゲラと笑っていた。

 タクミはすぐさま、勢いよくその場を離れた。一先ず、この短い休み時間だけでも、安らげる場所を見つけたい。どこか誰もいない場所を。歩くスピードはズンズンと早くなっていく。


 どこか無いのか。どこか?


「きゃっ!」

 そこで、曲がり角から曲がってきた人と対面衝突。タクミも尻餅をついた。ふわりと漂う香水の香り。 明らかに学生では無かった。


「いててて、ごめんなさい」

 声をかけるのは、カーディガンを羽織り、白のパンツスウェットの20代女性。首からはネームプレートを下げている。


「こちらこそ、すみませんでした」

 タクミは謝りながら、女性の顔を見た。その顔を見て、タクミは少し驚いた。


(この人、夢で見た……)

 少し明るめの髪色のショートパーマ。長く伸びたまつ毛に、クリッとした瞳。筋の通った鼻に白い肌。 ドラマに出てきそうな、ゆるふわ系OLとでも表現すればいいのだろうか?

 中坊の自分からしたら、年上の綺麗なお姉さん。そういった印象をタクミは受けた。


「まあ、仕方ないわ。私も周りを見ていなかったし」

 女性は立ち上がり、服に着いた埃を手ではたいた。

「本当にすみません」

 謝りながら、タクミも立ち上がる。

「ダメダメ、若者がそんな暗い顔をしてちゃ」

 女は指を振った。

「はあ……」

(なんだろう、この感じ。この人は俺のことを知らないのか? いや、そんなはずはないよな。教員であるならば、耳にしているはずだ。となると、外部の人か?)


「あら、私の美貌に目を奪われたのかな?」

 女は嬉しそうにタクミに尋ねてきた。

「いえ、学校で見かけたことが無いので、誰なんだろうと思って……」

 タクミの返答に、女は少しムスッとした表情をした。


「そうか、そういうことね。うん、確かにそうだ。君の意見はごもっともだ」

 女はネームプレートをタクミに見せた。


(臨床心理士、田原…… ユキ?)


「私、今日からここでお世話になる、スクールカウンセラー、臨床心理士の田原です。悩み事があるなら、私が相談に乗るから」

 微笑む田原。その笑顔を見ていたら、気恥ずかしくなって、そっぽを向きつつ、小さな声で挨拶する形となった。


「お願いします」

 タクミがしょぼしょぼと返事をしている時、予鈴が鳴った。朝礼後の休み時間はそこまで長くない。


「これ、授業のチャイムでしょ? 行かないの?」

 田原はタクミに尋ねた。

「そうでした。行きます」

 焦るタクミは駆け抜けるように教室へ戻って行った。


「行ってらっしゃい!」

 タクミが戻っていく背中を、田原は胸のところで小さく手を振っていた。


「あの子か……」

 彼の姿が見えなくなってから、田原は独り言を呟いた。


 その後、タクミは授業を受けるのだが、案の定、消しゴムのカスが飛んできた。それをタクミは振り払いながら、ひたすらに板書を務めた。シャープペンの芯を無意識のうちに何度もへし折ってしまった。 

 ノートには芯で穿った後が何か所もある。


 とめどなく、流れ込んでくるどす黒い感情。憎悪や怒り、悲しみに支配されそうになる。

(ダメだ。ここでまた何かやらかせば……)

 タクミは手の甲にシャープペンの先端を突き刺した。何度も何度も突き刺して、沸いている憎しみを痛みで緩和させていく。

 それからも、嫌がらせは続いた。それに対して、黙って耐えるしかないタクミ。


(もう限界だ)

 精神的にボロボロのタクミは虚ろな目で帰宅した。

 帰宅後、ベッドに横たわったタクミはふと思った。

「俺の人生ってなんなんだろう」

 タクミは目に涙を浮かべながら、ゆっくりと辺りを見渡した。部屋の隅には、ケーブル配線が転がっている。タクミはゆっくりとそれに手を伸ばす。


「このまま、終わるつもり?」

 男と思われる声が聞こえてきたタクミは、手にしていたケーブルを手離して、辺りを見渡した。

「誰だ!」

 一人しかいない部屋にこだまする声にタクミは警戒した。


「ここだよ、ここ」

 それまで閉まっていた窓が開いており、その縁には自分より少し年上の若い男が胡坐をかいて座っていたのだ。


まだ連続投稿を続けます。

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