第一章3 動き出す
連続投稿第4弾です。
タクミが中橋のいじめに加担してから、約一週間が経過した時のこと。
「いい加減にしろ!」
その時、新崎はタクミに次の一手について話している途中に、中橋はやってきたのだ。
「お前らが何かコソコソとやっているのは、俺だって分かる! もういい加減にするんだ!」
いきなりの怒声に中橋はうんざりした。
「だーからぁ、何の根拠も無いのに疑うのはよしてくんない? 目障りなんだけど……」
新崎が中橋をなだめようとする。最近ではルーティンの1つともいえるほど、見慣れた光景。流れ作業。
しかし、この時の中橋は、一味違っていた。急に座っていた新崎の胸倉を中橋は掴んだ。
「いつまでこんな茶番を続ける気だ? 今日の俺は本気だぞ」
「どうする気? こんなことしてただで済むと思っているの?」
胸倉をつかまれながらも、新崎は冷静な口調で中橋に言った。
「構わない。このままやられっぱなしでいるくらいならな!」
そう言った中橋は新崎を殴り飛ばした。それを見ていた女子が悲鳴を上げた。
「ちょっとやめなって」
一部の女子が中橋をたしなめようとする。だが、中橋は聞く耳を持たず、倒れている新崎のもとへ突き進んでいく。
「こっちだって我慢ならねえんだ」
そして、中橋はもう一度、拳を振り上げようとしたその時、背中に大きな衝撃が走った。
「何……」
三浦が中橋の背後に向かって、タックルを仕掛けたのだ。
運動部で鍛えられたタックルには、貧弱な中橋の肉体では対応しきれない。中橋は大きくよろけて、前のめりにしゃがみ込んだ。そこで、新崎の渾身の蹴りが顔面に入る。こちらもまた、運動部でよく鍛えられた脚力で、鈍い音がした。
「これなら、正当防衛だよな」
中橋は勢いよく倒れ込んだ。
「まったく中橋の分際で、調子乗ってんじゃねえよ。こちらが手を出さねーことにつけあがりやがって」
新崎は倒れる中橋を見下ろしながら、呟いた。
「くそっ…… くそっ!」
倒れた中橋は歯ぎしりをしながら、小さな声で何度も呟いた。
「さあ、見せものは終わりだぜ。解決したんで大丈夫。先生を連れてこなくても大丈夫だから」
三浦がクラスメイトに手を叩きながら、呼びかけていた。クラスでもひと段落が着いたのだと胸をなで降ろしている人もいる。
(ひと段落が着いた? この状況で?)
タクミはそれを口にする三浦もそうだが、それ納得してしまうクラスの異様さに、いや、それを思っても口にできない自分に、胸が苦しくなった。
そんなことを考えてはダメだと言い聞かしている自分にも情けない。
(だけど、仕方ないんだ。自分は弱いんだから。そうでもしなければ、あいつみたいに……)
そこで、タクミは倒れている中橋を見るのだが、嫌な予感が全身を巡った。
ひれ伏した中橋の目が激しく怒りを帯びていたのだ。長い前髪の隙間から見える、眉間には皺が強く寄せられていて、瞳は新崎を凝視している。
タクミは新崎に一声をかけようとした時にはすでに、中橋は新崎にとびかかっていた。
不意打ちの出来事に対処が遅れる新崎は後ろに倒された。
再び上がる悲鳴。
中橋は非力ながら、強く握り絞めた拳を新崎の顔面に振り下ろしていく。新崎は両腕で、その拳を防いでいるのだが、どうにも動けない。三浦は中橋を引きはがそうとするが、中橋の執念が勝り、中々引きはがせない。
「しつけーな」
引きはがそうとするが、てこずる三浦。
「くそっ、このままじゃ、埒が明かねえ」
新崎もまた、困っていたその時、あることを思い付いた。そうだ、こういう時こそ、あいつがいるのではないかと。
新崎は殴られながら、キョロキョロと辺りを見渡した。すると、目的の人物、真壁タクミの姿を捉えた。タクミは新崎からの視線を感じ、何事かと思う。
(アレをやってくれ)
新崎は声には出さなかったが、確かにそう口を動かしているようだった。新崎はタクミを見た後に、顔を別な方向に向けた。その方向にアレがある。
その方向には中橋の机があった。そして、その机の上には筆記用具があったのだ。
そう、アレとは、中橋の筆記用具のことだった。
タクミは、少し前に新崎から聞いた話を思い出す。
「あいつを見ていて、思うんだけれど、異常なくらいに筆記用具を大切にしているんだよね」
新崎はチラチラと中橋の方を見ながら、タクミに耳打ちした。
「どんなにボロボロになっていても、筆記用具に触ると、元気になっているような気がするんだ。たぶん、あの筆記用具の中にはあいつの大切なものが入っていると俺は考えている」
そう話す新崎の顔は新しい遊び道具を手にした無邪気な子供のようだった。
「それで? その話と俺のどこに関係があるの?」
気乗りしないが、尋ねるタクミ。よくぞ聞いてくれたとばかりに新崎は答えた。
「いやね、あいつの素から筆記用具を引きはがしたら、どんなことになるのかなって思ってさ。それにあいつがが元気になるようなものって、少し気にならない?」
つまり、アレというのは、中橋の筆記用具を奪い、彼の大切と思われるものを取り出すということに違いないと思われた。そして、それを使って、この場を新崎は収めるつもりなのかもしれない。
(場が収まるのであれば、こちらとしても悪くない状況。中橋には申し訳ないけれど……)
中橋が新崎に目を奪われている隙に、タクミはコソコソと中橋の机に向かい、筆記用具を手に取る。中をゴソゴソと探ってみる。中身は普通の消しゴムやシャープペン、定規などいたって普通のものばかりだ。
「なんだ、これ?」
だが、一つだけ、明らかに普通の筆記用具では無いものが入っていた。タクミはそれを取り出した。
鈴が着いた赤いお守りだ。
「どうした?」
周りも気になり、彼の持ち物に視線があつまる。無論、中橋もそれに気づいた。みるみる内に中橋の表情が青ざめていく。
「おい、返せ! 勝手に人のものをいじるな!」
中橋は大きく取り乱していた。そして、その隙を新崎と三浦は逃さず、中橋の態勢を崩して、取り押さえた。
「離せ!!」
大声を上げて叫んでいる中橋。さすがの騒ぎに隣にいた教師の声がこちらに近づいてくる。
「お前ら、どうした?」
声をかけてくる教師に新崎は舌打ちする。
「ちっ、騒ぎを大きくしやがって」
新崎と三浦は明らかに苛立っていた。
タクミは彼らと会話している中で、人となりを少し知った。そして、その人となりから、苛立っている理由を察していた。
彼らは騒ぎが大きくなったことに腹を立てているわけではないこと。
騒ぎが大きくなったことで、中橋へ報復する時間が無くなってしまったことに対して、腹を立てているのだ。
(このままじゃ、消化不良だ)
そんな言葉を彼らは言っているようにタクミには見えた。それと同時に何かしらの形でそれを解消しなければならないようにも見えた。
そして、新崎は真壁を見た。そして、声には出さず、口を動かし、こうつぶやいた。
(そいつを投げ捨てろ)
新崎は開いていた窓を顎で示した。つまり、中橋にとって、大事なこの赤いお守りを三階の窓から投げ捨てろ、と指示を出したのだ。
「それは……」
タクミは戸惑った。
「やめろ! それでどうする気なんだ? こっちは何もしないから、それを早く返してくれ!」
中橋はタクミに懇願している。
(早く、早く!)
新崎も中橋に負けじと口を動かして、タクミを急かした。その様子はどこか楽しそうである。しかし、さすがのタクミといえども、手が動かない。
(やっぱり自分にこれは……)
そんな視線を新崎に送った。すると、先ほどまで楽しそうにしていた新崎が真顔になる。
「チッ、使えねえ」
そんな言葉が聞こえたような気がした。口元だけでそう言っているように見えた。自分の勘違いかもしれない。でもそれが本当だったら。
この時、タクミは過去の思い出がフラッシュバックしていた。人に何か意見した時の、過去が掘り返されたのだ。
(でも、俺には無理だ……)
投げることなく、呆然としているタクミ。すると、中橋はその瞬間を逃さなかった。身体を抑えてつけていた新崎と三浦を、今までにない力で振りほどいて、タクミのもとに駆けつける。
「返せよ!」
中橋は全身でタクミにぶつかる。タクミは吹き飛ばされて、壁に背中を強打した。
「やめろ!」
そこで、複数の教師が止めに入る。
「これはどういうことだ?」
生徒指導部の屈強な主任教師まで現れて、一大事に。無論、その件に一枚、噛んだとして、呼ばれたのは言うまでもない。
「中橋に事情を聞いた。彼の話から推測すると、今回の一件、発端は中橋への嫌がらせが原因だということが分かった」
呼び出されたのはタクミ、新崎、三浦の三人。全員、担任の武田と目を合わせようともしない。
「全くみっともないぞ。その歳にもなって、イジメをするなんて…… 本当にかっこ悪い」
担任の武田は頭を手で押さえながら、三人に言った。
「俺はやってないですよ」
新崎は他人事のように言った。
「中橋はお前ら二人も加害者だと言っていたぞ!」
武田は新崎を睨んだ。
「違います。やっていないです。少なくとも俺と三浦は……」
そこで、三浦は新崎の方をチラリと見た。
(えっ? ちょっと待って……)
タクミは思わず、新崎と三浦の顔を見た。話の流れが少しずる変わっていく瞬間だった。
連続投稿まだ続きます。よろしくお願いいたします。