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コトワリ(言割、事割、理、断り)それはコトダマのファンタジー  作者: 泉 佑磨
第一章 コトバ、それがすべての始まり
3/60

第一章2 不穏な流れ、逆らえぬ流れ

連続投稿第三弾です。

「おい、真壁」

 呼ばれた瞬間、タクミの心臓の鼓動が早くなった。気軽に呼ばれるような仲でも無い。ましてや、クラスの上位の人物ともなればなおさらだ。失敗すれば、今度は自分が干されるかもしれない。


「何かあった?」

 できるだけ丁寧な言葉で、だけれども、よそよそしさは出さずに。言葉を選びながら、タクミは返事した。

「さっきの授業の板書、見せてくれねえか。俺、写せてないんだわ」

 タクミは合点した。中橋に消しゴムのカスを投げることに夢中になって、板書していないのだ。

 タクミは思うところがあった。だが、それを口にしてはいけないともう一人の自分が警告している。


「いいけど」

 タクミは何食わぬ顔で新崎のもとにノートを持っていく。


「サンキュー。そこに置いといて」

 タクミは言われるままに、机にノートを置いた。

 それから、タクミは授業を受け続けた。漠然と受け続ける授業。気付いたら、最後の授業を受けていた。

(そういえば、まだノートが帰ってきてないな。いつ帰ってくるんだろう?)


 授業終わり、タクミは新崎のところに向かう。新崎は部活を始めるための準備をしながら、三浦を含む複数の男子と談笑している。


(すごく聞きづらいな)

 でも、聞かなければ、ノートが返ってくるのかも分からない。タクミは意を決して、新崎に尋ねた。


「あのう……」

 だが、タクミの声が小さかったのだろう。彼らの談話の前ではかき消されてしまった。だから、少しだけ大きく息を吸い込んで、少し大きな声で呼びかけた。


「貸したノートって、いつぐらいに返せそうかな?」

 談話している途中で、部外者の声。会話が一旦途切れて、彼らの視線がタクミに集まっていく。新崎はけだるそうにこちらを向くが、そこで、タクミの顔を見て、目を丸くし、両手を叩いた。

「そうだった! お前からノートを借りていたなあ」

 新崎は机の中からノートを取り出した。

「悪いなあ。長い間借りていて…… おかげで助かったわあ」

 新崎は笑顔でタクミにノートを手渡した。

「まじかよ。お前、真壁とそういう仲だったの?」

「そっ、マブダチ。だよな?」

 思わぬフレーズが出てきて、対処に困るタクミ。だが、反応が遅いのも相手に印象が悪い。

 できるだけ、印象の悪くない返事を。タクミは脳をフルで動かした。


「そう言ってもらえるのは光栄だな」

 できるだけ自然な笑顔でタクミは答えた。

「うえーい。やるなあ、おい」

 新崎達の反応は上々だった。ほころぶ彼らの笑顔にタクミは安堵する。

(これなら何とかなりそうかな)

 そう思ったタクミは彼らに一瞥を送り、立ち去ろうとした。だが、またも新崎に止められる。

「お前がそう言ってくれるのは嬉しいぜ、マブダチ!」

 さすがにそう言われたら、こちらも何か反応しなければならない。タクミは振り返り、再び頭を下げる。すると、新崎はさらに声を掛ける。

「実はさ、マブダチ。俺ら、これから部活だから、代わりに掃除やってくれないか?」

 唐突にぶち込まれた新崎からの依頼。さすがのタクミも言葉が詰まった。


「やってくれるよな? お前、帰宅部だから、やることねえだろ?」

 遠回しの圧力。拒否権はあって無いに等しい。

(ここで波風を立てるのはまずい…… よな)

なので、タクミは頷いた。

「さすが、マブダチだ。じゃあ、あと、よろしく」

新崎達は笑いあいながら、教室を後にした。言いたい事はあるのだが、ここは我慢。タクミ教訓だ。

 文句はあるものの、タクミは黙々と掃除をした。

(きっと今日はそういう日なんだ。今日はあいつらの気まぐれに付き合っただけなんだ)

 タクミは自分に、そう言い聞かせた。


 しかし、翌日になっても、新崎達からの依頼が収まることは無かった。

 それも予想の斜め下の方向に。


 始めに指示されたのは中橋に向けて消しゴムのカスを投げつけろという指示だった。

 そう言われればそれに従うしか無い。

 タクミは中橋に投げつけた。彼は無論、新崎と三浦を疑うのだが、そこで終了した。


 それを何度も何度も繰り返した。周りは相変わらず、見て見ぬふり。タクミは新崎と三浦の指示のもとに、授業が始まるたびに何度も何度も……。


 投げるたびにタクミは自分の中で何かが欠けていくような気がした。

 さらに翌日になってもそれは変わらず。消しゴムのカスを投げ続けた。最初の頃は中橋も反応していたが、今ではあきらめて、消しゴムのカスを受け続けていた。三浦と新崎は笑っているが、どこが楽しいか、タクミにはまったく理解できなかった。


(だけど、それもこの授業が終わればそれで終わり。次の授業の音楽では消しゴムを使うわけじゃないから、カスを投げつける必要も無い)

 そう自分に言い聞かせて、授業をやり過ごす。授業が終わった頃、タクミは胸をなでおろしていた。


「真壁、ちょっといいか?」

 だが、新崎からの指令が終わる事はなかった。

 呼ばれたタクミは新崎のもとへ向かう。今や完全に子分のような状態だ。

「何かよう?」

 顔には出ていないが、気が乗らないような声が出てしまった。

「じつはさ、頼み事があるんだけれど…… 耳を貸してくれ」

 タクミは耳を新崎の方に持っていく。新崎がヒソヒソと内容を伝えた。


 それを聞いた時、タクミの胸の内が黒く染まっていくような感じがした。拳が徐々に強く握られていく。


「それを俺がやるの?」

 タクミは思わず、新崎に聞き返した。

「なんだよ、嫌なのか?」

(タクミ教訓……)

 脳内で念仏のように唱えられる教訓。今はとにかく飲み込む時なのだ。

「分かった」

 タクミが頷くと、新崎は笑顔で彼の肩をポンポンと叩いた。

「さっすが、マブダチ! できる男は違うぜ。じゃあ、よろしくな」

 そして、音楽の授業が始まった。内容は、校内での合唱コンクールに向けての練習。最近から始まったばかりのものだった。


「ではみなさん、立ち上がって、歌ってみましょう」

 音楽教師の中年男性、坂上の指示で皆が席から立ち上がる。

 合唱の練習は机を使用しないため、机を取っ払い、横二列で横長に人数分の椅子だけが並べられた配置になっている。

 男子は基本テノールで、五十音順に並んでいる。そのため、真壁タクミは後ろの列にいた。目の前には中橋。立って歌っている最中、タクミはずっと足をずりずりと動かしていた。目の前の教師にばれないように。


「まあ、こんなところでしょう。では、みなさん、座ってください」

 そして、事件は起きる。

 着席している途中、ガガガッと椅子の引きずる音が聞こえたのだ。皆が音のする方を見ると、中橋だけがしりもちをついて、仰向けに倒れているのだ。その背中にはずり下がっている椅子があった。


 呆気にとられる中橋。笑いを堪えて、必死に無表情を作っていると思われる新崎と三浦。


「おい、大丈夫か?」

 心配そうに中橋に声をかける教師の坂上。

「はい、大丈夫です。なんか思ったより椅子が後方にあったようで」

「そうか。まあ、そんなこともあるな。気を付けてくれ」

 穏やかに中橋に言葉をかける坂上であったが、一瞬、眼鏡越しから鋭く、冷たい眼光が自分を捉えているのをタクミは見逃さなかった。

 タクミは無表情を作り、目の前の中橋を心配そうに見つめていたが、心臓が飛び出そうになったのは言うまでも無かった。

 結局、授業中、および授業が終了しても、坂上から何もお咎めのようなものは無かった。しかし、早まった心臓の鼓動はまだ収まらない。何度も深呼吸して、落ち着かせようとした。


「やあ、ナイスだねえ」

 タクミは新崎と三浦から声を掛けられた。


「……」

 声を掛けられても、タクミは視線を下に向けたままだった。

 タクミの耳には新崎の言葉は届いていない。頭にあるのはあの時の坂上の睨み。


「おい、どうしたよ。無視とはずいぶん冷てえなあ」

 そこで、やっと新崎達に声を掛けられていることに気が付いたタクミ。慌てて、新崎達に返事した。

「いや、ごめん。そういうつもりじゃ…… ちょっと考え事をしていて」

「そうか。だったら、いいや。そんじゃ、また何かあったらよろしくな」

「それって……」

 タクミが言いかけたその時には、すでに新崎とは離れていた。すでにタクミの手で止められるような場所にはいなかったのだ。諦めたようにうつむくタクミ。


 そして、事件は想像より早く起きてしまう。


区切りのいいところまで連続投稿します。

よろしくお願いします。

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