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コトワリ(言割、事割、理、断り)それはコトダマのファンタジー  作者: 泉 佑磨
第一章 コトバ、それがすべての始まり
2/60

第一章1 長いものには巻かれろ

連続投稿第2弾です。

 パン。


「こら、寝るな」

 教師はその手に持っている教科書を丸めて、少年を叩いた。

 

 夢から現実に一気に引き戻される瞬間。

 少年は寝ぼけ眼で机に伏した身体をゆっくり起こした。


「すみません」

 少年は目をこすりながら、睨みつけている教師に頭を下げた。


「次は気を付けろよ。真壁」

 

 教師が黒板に戻って行くとき、少年は鈍った頭でふと考えた。

(不思議な夢だったなあ。なんだろう、コトワリって……)

 

 真壁タクミは考えてみるのだが、思いつかない。

 人並みの頭脳しか持たない自分にできることなんてたかが知れている。

 

 真壁タクミは悟っていた。

 自分は決して特別な人間では無い。頭脳以外、容姿、身体能力、どれを取っても人並みの男子中学生。何か目立つようなものも無く、一つの風景として紛れ込むくらいの地味な方。

 教師に居眠りを指摘したくらいで、タクミを気に留めるものなんてここにはいない。


 自分なんて所詮、こんなもん。

 タクミは自嘲気味に笑った。


 不満が無いかと言われれば嘘になる。しかし、影が薄いことで、避けられていることもあるのをタクミは理解していた。そう、例えば……。


 タクミは頬杖を突きながら、教室の前列の方をちらりと見た。


 授業に対して、必死に手を挙げて、教師と話す彼。

 彼に対して、クラスメイトの鋭い視線が向けられる。


「答えはx=3です!」

 クラスメイトの中橋勝矢だった。


「正解だ」

 教師がそう言うと、中橋は少しだけ口角が上がった。

 中橋はもともと少し浮いた存在だった。生真面目で正義感が強い。間違ったことがあれば、それは間違いだとはっきり言う人間。場の空気というものは関係ない。そういうスタンスだった。そんなことを続けていればどうなるか、中橋以外、分かっていた。


「おい、誰だよ! やめろよ!」

 次の授業中、それは起きた。

 いきなり中橋は叫んだ。タクミは始まったと思った。


「中橋、どうした?」

 教師の武田は呆れたように中橋に尋ねた。

「俺の頭に向けて、消しゴムのカスを投げてくる奴がいるんです!」

「それは困ったな。今、中橋の頭に消しゴムのカスを投げた奴はいるか? いるなら、手を挙げてくれ」

 しかし、誰も手を挙げない。


「困ったものだなあ。さすがにこれはまずいぞ。正直に手を挙げてくれないと…… そうじゃないと、授業もまともに進められん」

「そうだ! 早く出てくれよ!」

 中橋の必死の訴えは誰にも届かない。


「名乗り出るものはいないか。中橋、申し訳ないが、このまま授業を進めさせてもらうぞ。あとでお前の話を聞くから」

「待ってください! それでは……」

 拳を強く握り絞め、歯ぎしりをする中橋。泣きそうな目元になりながら、周囲をキッと睨む。

「お前か!? 新崎!!」

 中橋は二つ後ろの新崎を指さした。いきなり指名された新崎は目をキョトンとさせた。筋の通った鼻をスンと鳴らし、ギザギザの髪がふさふさと揺れながら、だるそうに首を振る。

「なんで俺なんだよ。ちげえし」

「違うっていう根拠はあるのか?」

「それ言うんだったら、なんで俺だっていう根拠はあるの?」

 新崎にそう切り返されて、黙ってしまう中橋。

「根拠がないなら、疑うなよ」

 新崎は舌打ちする。それに対して中橋は納得がいかなかった。


 このままでは終わらない。

 藁にもすがる思いで、はす向かいの三浦を睨んだ。坊主頭にガラス玉のような大きな瞳と目があった。

「じゃあ、三浦か?」

「いやいや、じゃあってなんだよ。意味分からねえし」

 他の生徒より群を抜いて背が高い三浦は、手のひらを大きく顔の前で振った。

「疑う理由があるかと言えば、ある」

 そこで、中橋は反論した。

「なんだよ?」

 三浦は中橋に問い詰める。

 

「お前と新崎が俺を馬鹿にしているから」

「はっ? 意味が分からねえ。どうしたら、そんなことが分かるんだよ」

 新崎と三浦は互いに見合って、肩をすくめた。

「お前ら、俺の方を見て、笑っていることが多いから」

 二人を睨みながら、中橋は反論した。拳は振るえている。


「言いがかりだぜ。根拠ないくせに…… お前の被害妄想だろ?」

 火蓋が切って落とされそうになる前に、教壇から、パン、パン、と小刻み良く手を叩く音が聞こえた。

「そのへんにしておけ。授業は争う場では無いんだ。中橋、お前も血が上っているぞ。少しは頭を冷やせ」

「すみません」

 教師にたしなめられた中橋は悔しそうに頭を下げた。


 そして、授業が再開した時、新崎と三浦は中橋に向けて消しゴムのカスを投げ始めた。

 消しゴムのカスが中橋にあたるたびに笑いを堪えている中橋と新崎。中橋の背中から悔しさがにじみ出ていた。


 浮いた存在は潰される。それがこの世の常というもの。そこに正義なんてものは存在しないのだとタクミは思った。

 正義が最初に生まれるのではない。勝者があってこそ、正義が存在する。ここでの正義は中橋ではない。新崎と三浦なのだ。


(三浦はバスケ部。新崎はサッカー部。どちらもスポーツ万能で、勉強もそれなり。容姿もかっこよく、クラスでは中心人物的存在。対して、中橋勝矢は、勉強はできるが、運動はからっきし。容姿はさして良くなく、性格は少し変わっている。無論、クラス内の地位は下から数えた方が早い。それで、新崎達と対等なわけがないないだろう)


 しかし、中橋勝矢の中では、人間みな平等。対等に扱うことこそ、良いのだという妙な信念、妙な正義感が働き、彼らにも対等な扱いをしてしまったのだ。


「中橋の癖に調子に乗りやがって……」

 結果、新崎たちに裏でそう言われるのは当然のことで、それをタクミは一カ月前に偶然、それを聞いてしまった。そこからの中橋の扱いは言うまでもない。彼ら二人の発言ともなれば、部活仲間や、女子の一部すらも通り込んでしまう。あっという間に十数人による、中橋勝也包囲網が出来上がってしまった。


(タクミ教訓その一、長いものには巻かれろ)

 新崎のやることに異論を言うものはいない。それに抵抗することが、どういうことなのか、皆が理解している。だから、見て見ぬふりをするしか無いのだ。だが、決して、中橋を笑うわけじゃない。中橋がいるおかげで自分は守られているのも事実だとタクミは理解していた。


(もしかしたら、一歩間違えていれば、自分もああなってしまうかもしれないな)


 タクミもまた、過去に中橋と似たような経験をしていたのだ。中橋ほど、ひどくないにしても、仲間はずれにされるその苦しみはかなりのもの。その痛みはもう二度と味わいたくないものだ。

(とにかく、今はこの場をやり過ごせれば、俺はそれで良い)


 そして、授業が終わった。中橋の席の周囲には消しゴムのカスが散乱していた。涙目の中橋。もう、机に顔をうずめるしかなかったようだ。


 その様子をタクミがちらりと見た時、新崎がタクミを呼んだのだ。



すぐに連続投稿する予定です。

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